△ ナカロマ 62
「起きれるか」
荷台の横に立ったリヴァイは何も言わず私に向かって両手を軽く差し出した。
反射的にその手を取ろうとして、一瞬思い止まった。
思わず辺りを見渡すと、他の人たちの姿は既になくて少しほっとする。
白い見知った建物が見えて、ここが医療班本部へ続く裏口のすぐ近くだと分かった。
次いで、差し出されたその手を凝視してしまう。
私より大きなその手。
私の手とは全然違う。
がっしりしていて、男性らしい筋肉質な手。
おずおずとその手に自分の手を重ねると、ぎゅっと握られて片手を彼の方に向かって引かれ、もう片方の手は体を支えるように背中に添えられた。
力が入ると、体全体がまだ鈍く痛む。
「…!」
ズキッと鋭く痛む左足を庇って痛みが引いてからゆっくり片膝を立てる。
ゆっくりと立ち上がると、地面に立つリヴァイより少し目線が高くなった。
立ち上がれたのだからあとは右足に力を入れて荷車から降りればいい、だけなのに。
まだぐらりとよろける体をリヴァイが支えるように軽く引いた。
そんな些細なことに不覚にも胸の中がざわざわして、嬉しくなる。
だけど。
ど…どうしよう。
彼の手に乗せた手が、離せない。
自分から離したくない。
でも…リヴァイから離されるのもとっても嫌だ。
こんな状況でもなければ彼と手を取り合うなんて有り得ないことだから。
恋人同士がそうしてお互いの手を繋ぎ合うということは本の中や街中で見かけた知識で知っている。
…会話がなくてもこうやって手のひらだけでも体温が行き来するだけで満たされるだなんて、嘘だろうと思っていたけど。
本当、なんだ。
好きな人にはつい触りたくなってしまうって。
女の子にも独占欲とか、好きな人に触っていたいだとか、そんな気持ちがあるなんて知らなかった。
好きな人に触れたい。
触られたい。
でも、好きな人に自分以外の好きな人がいる場合はどうすればいいの…?
そんな悲しい物語は本でも読んだ事が無かった。
私は幸せなお話ばかり選んで読んでいたから。
いつかは自分もそうやって好きな人と想いあうんだろうなと漠然と考えていた。
それが、もう、叶わなくなってしまうんだ…。
「エマ、どうした」
リヴァイの声でびくっと我に返った。
彼の手がもう一度握り直すようにするりと動いて、途端に恥ずかしくなる。
あ…。
「痛むのか?」
「違うの、ごめん、ぼーっとしてただけ…」
見上げるように私の顔を覗き込む彼を見たら体温が上がっていくのを感じて、焦って顔ごと逸らした。
彼は純粋に心配してくれているのに、私はいつも変な事考えてばっかりだ…。
「リヴァイ、本当にありがとう。
ここからはもう自分で行けるから…!」
体を捻って今度こそ彼の手から逃げようとする。
急いで繋いでいた手を離そうとしたけど握られたままその手は動かず、くん、と更に彼に引き寄せられた。
腿のあたりに素早く腕が回って、馬に乗せられた時と同じようにまた軽々と上に持ち上げられる。
「…!」
私を担いだままいとも簡単に歩を進めるリヴァイに驚いてしまう。
思わず、唯一自由になる両手で彼の肩にしがみつく。
「…リヴァイ…!」
「黙ってろ」
「だって…、」
こ、これで建物に入るの?
こんなの恥ずかしい…。
なんか…私のこと荷物みたいに思ってない?
…重くないの?
本当に…
決して並外れて体格が大きいわけでもないのに、どこにこんな力があるのか不思議に思ってしまう。