△ ナカロマ 59
「…………」
返事が出来ないまま唇を噛んで目を伏せるけど、
リヴァイの視線を痛い程感じる。
だって、よりにもよってペトラさんの前で馬に二人で乗るなんて。
…いやだ。
でもそんなこと、言いたくない。
そう思った次の瞬間、彼の手が背中に触れたかと思うと、景色がぐるりと反転した。
「……っ!?」
予期せずに体が宙に浮いて目が回る。
三半規管がまだ完治していないのか、たったそれだけのことで目の前がくらくらした。
気付いた時にはリヴァイに抱きかかえられるように横抱きにされ、少し抵抗しようと身をよじらせると睨まれるように見下ろされる。
「…動くなよ」
私の返事を待つことなく彼のアンカーが発射され、彼の体ごと宙に浮く感覚がした。
少しでも体が揺れるだけであの内側から上るような気持ち悪さが体中を駆け巡る。
思わず彼の胸元にしがみつくと、ぎゅっと抱き抱えられる手に力が込められた。
覚悟したより揺れは少なく、気が付くとリヴァイの体が地面に降りる気配がしてほっとする。
ペトラさんの目の前だというのに、彼の手から解放されても支えられてやっと歩ける状態だった。
…ペトラさんの前で、リヴァイの近くにいたくない。
どんな顔していいのか、分からない。
腕を掴むリヴァイから少しでも離れようとするけど彼の手は緩まなくて、
傍から見たらただ嫌がって引きずられている様に見えたかもしれない。
「エマちゃん、無事でよかった……服に血が…!大丈夫!?」
ペトラさんが走り寄ってきて、明るい声にほっとすると同時に罪悪感と嫉妬心が襲う。
真っ直ぐ目を見返すことが出来なかった。
気分が悪いのも手伝って、思わず震える口に手を当てる。
「……ペトラ、さん、わざわざ、ごめんなさい…」
彼女から、他の班員の人たちとは別地点で合流する予定だと聞かされた。
道中私は文字通りお荷物でしかない。
…足と体がどんなに痛んでも、絶対にもう迷惑はかけたく、ない。
そう決めたのに、頭を上げた瞬間にひどい眩暈に襲われた。
すう、と全身から血の気が引いて、リヴァイに掴まれていた腕から力が抜ける。
…だけど。
どうにか踏み止まって、支えられていた体重を自分の方に引き戻した。
「リヴァイ…大丈夫。
自分で歩ける。」
リヴァイに、いつまでも頼っていちゃいけない。
でも、この腕を離して、とも言えない。
なんて往生際が悪いんだろう。
「……おい、」
足にも、体にも力が入らない。
でも…、頼れない。
…頼りたくない。
ぐるぐる回る感情に頭がついていかない。
はぁ、と息をついてリヴァイが掴んだままだった私の腕を急に離して、代わりに腰のあたりをぐんと持ち上げた。
「…あ…っ…!?」
彼の動きに満足に反応することも出来ず、急に足が浮いて焦っている私を肩に抱えたままリヴァイは馬に近づき、私の右足を鐙に乗せた。
よく見てみると、ペトラさんが連れてきたこの馬は通常のものより大型で、馬車も難なく引けそうなくらい安定感があった。
馬上に上げられた私は自分では降りることも出来なくて、
そのまま馬の背に横乗りするしかなかった。
リヴァイ?
そんな彼の行動を私とペトラさんが困惑しながら見ている中、リヴァイは木に繋がれていたもう一頭のペトラさんの馬の手綱をしゅる、と解いた。
「…ペトラ、ここまでご苦労だった。
お前には悪いがもう一つ頼まれてくれないか」
「は、はい、もちろんです!」
ペトラさんもリヴァイの意図が分からず何事かと一瞬不思議そうな顔をした。
「予定通り荷車を回収するのと、この付近に馬がもう一頭いないか調べてきてくれ。
多分そう遠くには行ってないはずだ。
…貴重な兵団の馬だ、任せたぞ」
分かりました!と返事をしたペトラさんは、ひらりと馬に飛び乗ると馬首を返して駆けて行った。