△ ジャスミン
しまった、とエマは思ったけどもう遅かった。
大した事はない。
ただ清掃中に誤って服の大部分を濡らしてしまっただけだ。
自室に戻って着替えればよかったのに、丁度洗濯していた替えのシャツが乾いていたので手近な部屋で着替えてしまおうと思ったのが悪かった。
この時間ならきっと誰も来ない、と思って書庫に入ったのも悪かった。
シャツのボタンを外して脱いだ時、誰かが不意に入って来た。
振り向いた先に見えたのは真顔で少し驚いたようなリヴァイの顔。
これはまずい、と思ったけど既に遅し。
シャツで慌てて胸元を隠すけど、リヴァイが無言で扉を閉めてから静かに鍵を掛けたのを見て、本格的に後退りした。
ゆらりと、灯りもつけていない薄暗い書庫でリヴァイの影が近づく。
「……誰が入ってくるか分からないこんなところで、着替えか?」
「ご、ごめん、誰も来ないかと思って…!
もう着るから!」
「入って来てたのが他の奴だったら…お前、どうするつもりだった」
ぱし、と腕を掴まれて腰を引き寄せられる。
「どうって…!」
こんなことする人リヴァイしかいないから…!なんて思いは口からは出せない。
「ああ…それとも、」
くるりと後ろを向かされて壁に押し付けられ、下着だけの露わな上半身の素肌にリヴァイの手と唇が滑る。
お腹を辿って上がっていく指が、下着の下から滑り込んで胸まで性急に到達する。
リヴァイは後ろからエマを抱き寄せるようにしてから、首から背中にゆっくりとキスを落とした。
薄暗い中に白い肌が浮かび上がる。
エマの肌が一気に熱くなり、薄暗くて分からないがいつものようにほのかに色付いているんだろう、と思う。
「他の誰かに見られたかったのか?」
なんでそうなるの、という言葉は最早喉から出なかった。
出るのは、押し殺したような吐息だけ。
「…っ、ん……」
リヴァイは背後から抱きしめる事が多かった。
一度その理由を聞いたら弄りやすいから、なんて答えが返って来て赤面したのを覚えている。
「なぁ、エマ…?」
俯きがちに声を堪えるその柔い顎を持ち上げて、わざと耳に唇を押し当てるようにして話し掛ける。
そうすると、面白いくらいに白い肌が跳ねるのをリヴァイは知っている。
「返事をしない気か?」
「やっぁ…そ、こで……喋らないでぇ…っ」
びくびくと自分が与える愛撫に、素直に反応を返す身体が愛しい。
上気した肌は刺激を強くする度にじんわりと汗ばんでいき、その肌がまた悪くないのだ。
耳に口付けながら胸の一番敏感な部分を擦ると、エマの喘ぎは更に熱を増して、形の良い薄い唇は息も絶え絶えに荒く呼吸を繰り返す。
その手にはもう力が入らないようで、いつの間にか脱いだシャツが床に落ちていた。
身体が震えて、目が潤む。
息が上がって、力が入らない。
腰から力が抜けかけたエマを捕まえて自分の体に密着させるように引き寄せる。
無防備すぎる素直なこの身体を、エマが自分で分かっていないようなところがもどかしい。
つい、いつもいじめすぎてしまう。
汗ばむ肌につられるように、その反応と柔い肌を揉むうちにリヴァイにも熱が移ってきていた。
顔にかかる長い髪を耳にかけてやり、顎を掴んで自分の方に引き寄せ唇を合わせる。
「…ん、んん…っ、は…」
熱い口内をお互い何度も行き来すると、エマの瞳がとろりと潤んで、切ない色が浮かんだ。
肩で息をしながら、それでも唇は話さないままで、胸の上にずり上げたままの下着のホックと平服のスボンのボタンを外す。
もう、力が抜けた手はリヴァイの腕に縋るように触れるだけで、抵抗はされなかった。
ボタンを外したズボンに手を滑り込ませると、ぴくりと顔だけこちらを振り向くエマの背中が疼くように震える。
「……ぁ、…っ」
声が大きくならないように自分で口を塞ぐように手を持っていくので、それを制して溢れる密に誘われるようにエマの体の中に指を差し入れた。
待っていたかのようなその甘い刺激を身体中が受け入れて、指の動きに合わせてリヴァイにしがみ付く手に力が入る。
くちゅくちゅと、卑猥な水音がする。
自分のものがリヴァイの指先を濡らしているかと思うと、恥ずかしくてどうにかなってしまいそうだった。
「ん…っ、はぁ、あっ…」
苦しそうに、でも恍惚に目を閉じて、与えられるものに従順な姿勢はリヴァイの独占欲をいやでも駆り立てるものだ。
蜜で充分に潤わせた指の腹で、入り口付近の小さな蕾を多少強く引っ掻くように刺激を与えると、全身が痙攣するように大きく震えた。
強い快感が頭から突き抜けて、目に移るものがぼんやりと意味を失っていく。
この世界に存在しているのに、リヴァイの手にかかると全てがどうでもよくなっていく。
このふわふわとして、気持ちよくて、自分を保っていられないような感覚にいつしか心を奪われるようになっていた。
執拗に何度も何度も体で一番敏感な部分を暴かれると、残った理性も衝動も全てが吹っ飛んでしまう。
繰り返し与えられる刺激から頭が無意識に逃げようとして、でも身体は貪欲に限界を求める。
逃げるような隙をこの人が与えるわけもない。
ゆるゆると蕾を擦りながら中指がもう一度壁の中を掻き分けて入り込み、鈍くも押され続けると意識が飛びそうなくらい良くなるところを絶妙に見つけ出す。
「あ…っ!リヴァイ、や、やめて…そこ…っ」
そういう、場所を。
どうやって見つけるのか。
「…ん?ここだろ、お前の一番好きなところは」
思わず腰を浮かせるエマを満足そうに眺める。
どのくらい、どの強さで、どこをどう触って欲しいのか。
身体の反応は従順に全てを曝け出していた。
つぷり、と奥まで指を入れて身体に訊けば、細かい場所まで導いてくれる。
後から後から溢れ出す蜜が、それを証明していた。
「あっ、ぁ…っ…だめ…も、ぅっ…!!」
一気に上り詰める。いや、押し上げられる。
がっちりと身体を固定されて、その幸せで息苦しい檻の中で私が許されるのは、やってくる快感の波に羞恥もなく自分の身を震わせるくらいだった。
恥ずかしい、と確かに思っていたのに、それはとっくに貪欲なほどに快感を貪るものに取って変わっていた。
一度何かを堪えるように止まった身体が、一際大きくビクッと震えてから力が抜けた。
潤む瞳も汗ばむ額も、紅く色付いた頬も全てが気怠く、艶めく程誘うように熱を帯びていた。
軽く右を振り向くと、頬を寄せるように間近にあったお互いの唇が、引き寄せられるように重なる。
無意識に右手を下からリヴァイの首に添えて、自分からも引き寄せていた。
は、と吐息が交じる。
それでも収まらない身体の疼きに切なくなった。
…欲しい。
深いところで繋がりたい。
こんな、外から見えるようなところじゃなくて、もっと深く…。
恍惚のまま振り向いて、リヴァイの体に手を伸ばす。
おずおずと、それでもしっかりと。
シャツのボタンを外して、その逞しいほどの肉体にくらくらと誘われる。
胸元にキスをして、軽く音を立てながら手で肌を辿り、首まで登っていく。
いつも、彼が自分にそうするように。
「…おい……っ」
ぴくりと、私の動きに反応する彼をものすごく愛しく思う。
顎のあたりに小さくキスをすると、ぐいっと顔を掴まれて強く唇を塞がれた。
「……ん……!」
一気に、舌が口内に入ってくる。
びくりと反応するけど、両手で顔を押さえ込まれているので抵抗らしい抵抗もできない。
「ふ、ぅ……っ」
舌を転がされて、吸われて、追われて。
逃げないように顔を抑えて、柔らかい舌が逃げられないように執拗に追いかけ、絡ませる。
こいつの舌は、なぜ甘く感じるんだろうと頭の隅で思った。
どこもかしこも甘く感じて、自分がどこかおかしくなったのかと思う。
たかが唇同士の接触でこんなに昂ぶれるのだと知ったのも、初めてのことだった。
ちゅ、と音を立ててやっと唇を解放すると、長い睫毛に縁取られた瞳がゆっくりと開く。
ほんの一瞬だけ、お互い見つめあった。
呼吸を整えようとして、でもそんな暇も与えられずにもう一度壁に押し付けられて足を開かされた。
兵服の白いズボンを下げられて、下着もそれと一緒に少し下げられる。
「リ、リヴァイ…!」
「そのまま腰を落とせ」
あまりに急なことで焦って振り向こうとするがそれも軽く制され、同時にカチャリと彼の服を脱ぐ音が聞こえたかと思うと、腿のあたりに更に熱い体温を感じた。
「…あ、………ッ!!」
ぐっ、と急に入り口に充てがわれたものが、ぐぐ、と体の中に入り込んでくるのを感じた。
指の太さなんて比じゃないくらい、猛って、熱い。
一度最奥まで進み込んで一瞬動きが止まるけど、それだけで例えようがない気持ち良さが頭の先まで駆け抜ける。
ずず、とリヴァイが動くと快感が更に増して、もう我慢出来ない。
「あ、ア…っ!…んっ」
強く揺さぶられて、体の自由が効かない。
壁につく自分の手が、ぼんやりとしてくる。
それなのに、激しく打ち付けられると、身体がきゅんきゅんと鳴く。
嬉しくて、…切なくて。
緩急をつけて後ろから抱きしめるように突く。
中はかなり潤っていて、熱くぬるりと絡みついて理性を奪っていく。
もはや抗えるわけもなく、貪欲に自分の欲求に従うだけだった。
激しく打ち付ける度に中がヒクつき、奥まで誘うように蠢く。エマの腕を掴んで引き立たせると、角度が変わって更に良いところに当たったようだった。
柔らかい髪に顔を寄せ、両手で腰を掴みながらもう一度エマを強引に押し上げて行く。
そこへ、ふと足音が聞こえた。
どうやらここへ向かっているようだ。
鍵はかけてあるし、心配はない…が。
ぐっともうどうにも力が入らない身体を抱き寄せて、耳元に口を寄せる。
たったそれだけでも、敏感な肌はぴくりと震えた。
「誰か来たな。…声を出すなよ」
「……っ、あっ…!?
や、やだ、リヴァイ、待っ…て…!」
そう、言ったのに。
先ほどより激しく律動するリヴァイの行動を信じられなく思った。
その瞬間に、ガチャガチャとドアノブが回される。
「……っ」
声にならない声を上げ、更に突き上げられて快楽と羞恥の狭間で肌が揺れる。
聞こえてしまう。
やだ。
だめ。
不意に近づいた限界に、焦ってリヴァイの腕をぎゅう、と掴んだ。
「リヴァ……、い、いく…から、や、めて…ッ」
「声、を抑えろ…」
う、うそでしょ…、やだ…っ!
そう思うのに。
どんどんと、意思に反して頭の芯が溶けて行く。
突き上げられることが、こんなに気持ちいい。
激しく、二人で上り詰めていく。
繋がった部分から蜜が伝うのが分かった。
だめ。
でも、気持ちいい。
激しい。
リヴァイも近い…?
でも鍵はかかってるし…。
でも。
…、いく。
「んぅ…ーーーッ!!」
「……!」
頭が真っ白になる。
一際強く、深く突かれて躊躇する間も無いまま快感に身を委ねた。
リヴァイも深いところで力が抜けたみたいだった。
扉の向こうの誰かは何度かそうしてノブを試した後、諦めたようで足音が離れていった。
お互いが呼吸を整えながら、その遠のいていく足音をどこか遠くに聞いていた。
そうして、ようやく回りだした頭でふらりとリヴァイを振り返った。
「…し、信じられない」
「あ?」
「さっきの人が鍵持ってたらどうしてたの?」
「そんなわけねぇだろうが」
「分からないでしょ…っ」
もし扉を開けられてたら、と思うと、顔が真っ赤になるのを通り越して青くなってくる。
だから部屋以外でするのは嫌なのに…、リヴァイは他の場所でも気にしないようだ。
そんな赤くなったり青くなったりする私の肩に手を回して、リヴァイはなんだか不自然な程に軽く笑顔を見せた。
「こういうのも悪くないと思うがな。
嫌なら、もっと危機感を持て。
お前がこんなところで着替えたりしなかったら済んだ話だろ」
「……っ」
い、言い返せない。
今後気をつけます…。
「おい、行くぞ」
そんなことを考えてたら、なにしてる、とでも言いそうなリヴァイの声色が聞こえた。
「え、どこに?」
「お前…その格好で戻るつもりか?」
言われて自分の服を見てみると、兵服のズボンにリヴァイのものがどろりと付いてしまっていた。
「噂になること間違いなしだな」
「……」
自分のものなのに、悪びれないこの態度。
だけど、いつもは流れてきたらすぐに何かで拭い取ってくれていたのを思い出した。
もしかして、わざと!?
な、なんで?
仕方なく汚れた所を濡れたシャツで隠しながら書庫を出た。
ズボンも換えなければならないので自分の部屋に戻ることになり、なぜか付いてくると言い張るリヴァイと共に部屋に戻った。
目の前で着替えろと言われてしぶしぶブーツを脱いでからズボンを脱ぐと、いきなりベッドに押し倒されて服を全部剥ぎ取られた。
結局丸め込まれてリヴァイの好きなようにされ、全てが済んだ後にぽつりと明るい方がいいな、と言われたけど、もはや頭も体もぐったりと動かない私には何のことかよく分からなかった…。
ジャスミン
おわり