銀色
宵も深い。月は出ていないようだ。吐く息は白く、吹き付ける風は冷たい。俺は首に風が当らない様に、しっかりとマフラーを巻いた。
バイト帰りのコンクリートの道。寒いし、なにより夜の道は怖いから自然と早足になる。
早く帰って、ご飯食べて、風呂に入って、寝よう。そんな事を考えながら歩いていると、なにやら襤褸切れのようなものが、道路に転がっているのを見つけてしまった。
電柱に取り付けてある蛍光灯がチカチカと瞬いている。この蛍光灯は誰が管理していて、いつ新しいものに取り替えるのだろう。ふとそんな事を考える。
ぼんやりとした光が当たっているが、その物体が何なのかは分からなかった。
幽霊であるとか、得体のしれない物が大嫌い。だからその物体の存在を確認して、安心したかった。怖いから、怖くない物、だと認識したいと思うのだ。
違うよね、怖いものじゃないよね。ビニール袋かなんかだよね。
その物体から目を逸らさずに、歩く。な、何だろう。生き物の亡骸だろうか。だったら、埋めたほうがいいかもしれない。こんな道の真ん中に転がっていたら、車に轢かれて惨いことになってしまう。
友人からはお人よし、世話焼き、律儀、と言われてしまうこの性格。気になってしまうものは仕方がない。
顔を近づけて良く見ると、猫だった。薄汚れた黒い猫。ふ、不吉な。
呼吸をしているようで、猫の腹が動いている。
あ、生きてる。
ど、どうしよう。傷を負っているようで、毛には血がついている。
怪我をしている、手当てをしなければ。そう思った俺は黒猫を抱き上げた。
抱くというのか、両手で掴んで持ち上げた。生き物を飼った事は一度もないから、持ち方など良く分からない。
猫には泥やらが付着していて、薄汚れていたが、そんなことを気にしている場合ではない。
抱き上げると骨張っていて痩せこけていることが分かった。成猫のようで子猫というサイズではなかったが、体重はとても軽い。
俺の住んでいる所は動物不可のマンションだから誰にも見つからない様に部屋まで帰らなければならなかった。ドキドキしながらなにやら自分が忍者にでもなったかのように歩いた。少し楽しかった。自分の部屋に着くと、達成感でいっぱいだった。
猫を洗ってやって、傷の手当てもした。
泥やら葉っぱやらが着いて薄汚れていた毛並は艶やかな黒に輝いた。それでも、ぐったりとしてずっと目を閉じたままなのがとても心配だ。とりあえず、タオルの上に寝かせてやった。
ところで猫は何を食べるのだろう。キャットフード、なんて物はこの家にはない。魚、それとも牛乳だろうか冷蔵庫を覗きながら考える。
台所であれやこれやと考えていると、にゃあ、と猫の鳴く声が聞こえた。か細い声だったけれど、声を上げられた事に俺は嬉しくなって猫の元へ駆け寄る。
「わあ。おまえ、綺麗な目をしているんだな」
右目が金色で左目が青色の、所謂オッドアイだった。俺は猫の顔を両手で包み、覗き込むようにして顔を寄せる。
「すごい、初めて見た」
耳の後ろを撫でてやると、猫は目を細めてごろごろと喉を鳴らした。
洗ってみれば毛並も艶があって綺麗だし、目はオッドアイで珍しい。もしかして飼い猫なのではないだろうか。なら飼い主を探さなければな、と少し残念な気持ちになった。でも仕方が無いことだ。どうせペット不可だし、飼うのは無理だ。
「おまえ、牛乳飲むか」
猫はなんとなく牛乳が好きそうだ、というイメージがあったので牛乳をやった。猫はにゃあ、と一つ鳴いて、牛乳を飲み始める。
俺はその様子を眺めながら、ご飯を食べる。今日のご飯は、コンビニ特製ハンバーグ弁当。白飯に大きなハンバーグが乗っかっている。
全て飲み終わったらしい猫は、まだ足りない、という風に鳴いた。それからおれの足にすり寄ってくる。
「くすぐった。ふふ、足りないの?」
しょうがないなぁとハンバーグを半分猫にやってみる。猫ってハンバーグ食べるのかな、少し疑問に思ったけれど、問題なく食べているようだ。
「かーわい」
必死にハンバーグを咀嚼している猫に、思わず呟くと、猫がぴくりと反応した、ように見えた。この猫、日本語が分かるのか。なんて考えながら、残ったハンバーグを口に頬張る。
そろそろ眠ろうとベッドに横たわると、猫もついてきた。そして勢いよくベッドに飛び乗った。
「おまえも、ここで寝るの?まぁ、いいや。おやすみ」
自分に懐いてきたことが嬉しくて、なでてやる。猫は満足そうにごろごろと喉を鳴らして、俺の首元に丸まった。
「せま」
そこに寝るのか。可愛い奴め。猫のふわりとした毛並に顔を埋めると、獣の独特の匂いがした。でも、不快じゃなくて、そのまますぐ眠りについた。
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