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「へえ、合の子かい珍しいね」
上質な着物を身に着けたふくよかな男性がこちらに近づいて来る。おれはいつもの様に膝をつき額を床に擦り付ける。
こうしないと、居椿に酷く叱られる。
「おや、奇特な方だ。他のお客は気味悪がるだけでしてねえ。どうですか?」
居椿は愛想のいい声音で客に目を光らせる。
「ほう、ふむ。まあ綺麗な顔をしてるじゃねえか……」
顎を乱暴に掴まれ前を向かされる。男は情欲の念が籠った瞳でこちらをみている。舌舐めずりでもするような雰囲気でおれの顔や躯を見回す。
「流石に買う訳にはいかないよ。合の子だろう?だけども、一度試させてはくれないかい?もちろん金は払う」
試す。この男に犯されるという意味だ。もう慣れきってしまってさほど驚きはしなかったが、良い気分はしない。
「そこまでおっしゃるのなら特別ですよ。ではお部屋をご用意致しましょう」
「いや、ここで充分だ」
「お好きにどうぞ」
居椿はにこりと美しい顔で笑うと、いなくなった。
ああ、ここで犯されるのか。ぼんやりとした頭でいると、ふいに頬を強く打たれた。皮膚がひりひりする。奴隷に優しく接する人間なんていない。分かっているけれど、少し悲しく思う。
獣のように乱暴な手つきでおれを犯す。そこにはいたわりや思いやりの欠片などは微塵もない。
痛い。痛い。悲しい。
薄暗い照明。男の息づかい。無数の視線。電球がゆらゆらとゆれている。
独特の臭い。汗。男は自らの性欲に忠実に動く。卑猥な音が辺りには響く。
白濁の液を何度も受け、半ば強制的に何度も吐き出された。見知らぬ男に抱かれるなんて、生理的に不愉快な筈なのに、触れられると反応してしまう躯が、この躯が、憎ましい。
決して気持ちのいい物ではない。
ただひたすら、時が過ぎるのを待つ。永遠のような、時の中で。
性欲の発散された男は満足げな顔でこちらを見下げる。
「合の子よ、あわれだな」
自身を綺麗にしながら、男はそんな皮肉を吐き捨てた。
気怠い躯を丸めてぼんやりと男の行動を見る。何も考えられない、考えたくない。
「この地下牢の中で一番見目の良い者を買うとしよう。合の子は流石に手に余る」
男は居椿に金を払いながら、部屋中に響く声で笑った。
絶望感と倦怠感で気が狂いそうだった。ああ、また汚れてしまった、この躯。
あわれだと思うのなら、その手で殺してくれたならよかったのに。
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