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この町の人々はみな黒い髪、黒い瞳と薄橙色の肌色で、おれとは明らかに違う外見だ。おれは茶色の髪の毛、青い瞳と白すぎる肌を持って生まれた。なぜこんなにも違うのか、おれには異国の血が混じっているらしいからだ。
この外見のせいで、人々からは気味悪がられ、みな遠ざかっていった。この髪と眼と肌のせいで、きっとおれには両親もいなくて、名もなく、なにもないのだと思う。両親の記憶は殆どなく、かろうじて残っている母親との思い出も悲惨なものだ。喋るとよく打たれていた。いつしか声を発することが恐怖となり、幼少ながらに物音を立てない様に、母親の機嫌をそこねないように、注意して暮らしていた。
気づいた時には、おれは一人だった。母親に売られたらしいおれは、店で働かせられていた。髪と瞳と肌の色のせいで、いつも差別を受けていた。いつも一番下の身分だった。
幼い頃の恐怖心は心に植えついていて、人前で声を発することができなくなっていた。たまに一人でいる時に、誰にも気づかれないよう声を出してみる。からからの掠れた音が出る。そうか、おれはまだ喋る事ができるのか、と少しほっとする。
長くて数年働くと売られた。色々な店を転々として、色々な事を体験した。
一日中冷たい水で店の掃除をした。夏の暑さに耐えながら、畑仕事もした。男に乱暴に抱かれたこともあった。気持ち悪い腕が体を弄る感覚に、何度も吐いた。
その度に打たれた。
何度も打たれた。
少し粗相をすると打たれた。
何もしなくても打たれた。
大人には抗えなかった。ただ命令に従うしか生きるすべはなかった。それでも、いつか自分も大きく成長し、生きるすべを身につければ、人並みの生活にありつけると、今までの生活から逃れられるとそう信じていた。それだけが、望みで希望だった。
椿屋という店に売られたのは、11のとき。自分の誕生日など知らないので、確かな年齢は分からないけれど、そのくらいだと思う。
新しい生活に少し期待していた覚えがある。今までより良い生活が出来るかもしれない。おれを買った椿屋の当主の冷たい瞳がその希望をあっけなく打ち砕いた。
ここでの生活が一番酷かった。一切の希望を失った。生きる力というものがあるのならば、それを奪われた。もし許されるものならば死んでしまいたかった。
服などは必要ない、と引き剥がされた。主人の前では常に平伏していなければならなかった。鞭で強く何度も打たれた。癒えぬ傷の上にまた傷がつく。飯を食べるとき、手を使ってはいけなかった、犬のように食べた。覚えこませるように、何度も男に抱かれた。
何度も何度も。
何度も何度も。
何度も何度も。
時計の針が止まっているのかもしれない。永遠がそこにはあった。その時確かにそう思った。
小屋の中には奴隷と呼ばれる人間が何人かいた。同じ境遇だったが、その中の誰からも、おれは相手にはされなかった。その中ですらおれは一番格下だった。
この髪と目の色を恨んだ。母親を恨んだ。父親を恨んだ。自分を恨んだ。
主人はおれのことを奴隷と呼んだ。おれにはずっと名前がなかった。主人の瞳は今まで出会った誰の目より冷えきっていた。鞭を打つのはいつだってこの人だ。
おれは死ぬことも、許されなかった。もう生きていたくない。希望が見えない。見えるのは、冷たい瞳と、薄暗い地下牢だけ。
舌を噛み切って自殺しようとした夜。頭を強く打たれて意識が戻る、主人の冷たい瞳にそれは失敗だと悟った。主人はおれの体を強く突き飛ばした。
「おまえは、私がわざわざ生かしてやっているんだ。勝手に死ぬなんて許さない。生きる、死ぬを自ら決める権利すらお前にはないんだよ。いいかい。おまえは、ここの誰よりも格下なんだ。勝手なことをするんじゃない。汚らわしい混血児が」
そう主人はまくし立て、鞭を打った。他の奴隷はその音を聞き、自分より下の身分がいることに安堵した。こいつよりまだましだ、と。
飴色の髪は薄汚れて、陶器の肌は傷だらけ。白藍からは涙すらも出ない、まるで感情が抜け落ちたようだ。ただ丸まって、目を見開いている。おれには、名前がない。
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