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 今日は、凛の姿を見る事はなかった。学校に行っているのだろうか。ベンチに腰掛けて、読みかけの本を開く。猫がこちらに来て、にゃあ、と鳴く。ふわりとした毛並みを撫でてやると心地良さそうに目を細めた。

 その次の日は、朝から灰色の空で午後からは雨が降った。公園には誰も人がいなかった。空気はぬるぬるとまとわりつく様で、雨音は心地良い。泥を踏む感覚が楽しい。公園を独り占めにして、持っていた傘をくるくると回した。

 雨が降った次の日の夕方に、凛はやって来た。学生服を着て、しっかりと学校指定の鞄を持っている。今日はきちんと学校へいったのだろう。

「おい。お前いっつもここにいるのか」
「そうだよ。毎日いる」
「なんでだよ? 」
「凛はなんで、今日ここに来たの?」

 僕は肘掛けを枕代わりに、寝転んでベンチを占領していた。雲が流れるのをひたすら眺めていたら、凛が顔を覗き込んで来た。

「きよに、会えるかもと思ったから」

 正直な凛の言葉がくすぐったく心に響く。

「ふふ。凛は可愛いねえ」

 寝転びながら、微笑むと凛は照れた顔を隠しながら僕の頬を思いっきりつまんだ。

「うるせえ、寝ぼけてんじゃねえぞ」
「ひたい、ひたい。ご免」
 
 間抜けな声で、抗議すると凛は笑ったけれど、どこか悲しそうな表情だった。

 その歳には似つかわしくないような、大人びた笑い顔。彼のこんな顔を見るのは嫌だった。

「学校で嫌な事でもあった?」

 起き上がりながら、問いかけると、強気な態度で鼻をならした。  

「あいつらは低レベルだからな、見ろよこれ」

 ごそごそと鞄から取り出された教科書には、鉛筆で言葉にするのもためらわれる罵詈雑言の嵐があった。

 ただ、鉛筆というところが可愛らしい。

「字消しを持っている?」
「? 持ってるけど、消すの面倒いぞ、全ページにこんなん書いてあるんだ。クソ暇人が」

 凛が強がっている事ぐらい、すぐ分かった。

 ぱらぱらと教科書を捲ると、確かに殆ど全ページに書かれてあった心ない言葉。言葉ではどんなに強がっていても、こんなことをされたら、流石に堪えるだろう。

 ベンチを机代わりにして、1ページずつ丁寧に消して行く。凛は驚いた様にこちらを見る。

 あ、また泣きそうな顔をしている。泣き虫だな、凛は。

「なあ、きよ。おれ、なんでこんな変なもの見えるんだろ。そのせいで、母さんも、みんなも……」

 彼はもしかしたら、限界なのかもしれない。限界ということは、つまり、危ないということだ。

「凛、大丈夫だ」

 凛の頭を後ろからぐいっと押して、僕の胸を貸してやる。

 はじめ、凛は体を強張らせたけれど、すぐに僕の胸に体を預け、声を殺して泣いた。

 夕日が僕たちを照らす。猫がこちらをじっと見ているのが、凛の肩越しに見えた。

 凛の体は思っていたよりも細い。骨が浮き出ている背中を撫でる。凛のか細い腕が僕の服をぎゅっと掴む。

 しばらくたって泣き止んだのか凛は勢い良く、顔を上げ、砂場がある方へ走って行った。

 何をするのか見ていると、砂場に頭から突っ込んで行った。

「何をしているんだ、凛は」

 やれやれと、砂だらけの凛を覗き込むと、強い力で引っ張られて僕はバランスを崩した。

 砂埃が舞うと、僕も同じ様に砂場に倒れてしまった。

「何をしているんだよ、きよは」

 僕の喋り方を真似しながら、凛は笑った。

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