12
「きよ」
凛がふいに僕の体を抱きしめる。その力は強くて、なぜか必死だった。
「また何か、怖いモノでも見えたのか」
読みかけの本を脇に置いて、凛の体を抱き返す。頭を撫でる。
今日は不安そうな顔をした凛を僕の家へ招待した。一日中、部屋で特に何をするでもなくだらだらと過ごす。
穏やかな時間が流れている。
凛は首を横に振る。真剣そうな顔で、そのことなんだけど……と切り出す。
「幽霊の力が弱まっているんだ」
「どういう事?」
「最近、その変なモノが見えにくくなってきてる。大人になったら、見えなくなる?」
凛は最近、挙動不審な動きをすることがなくなった。何かに躓いたりすることも。
「大人? 誰のことだ」
意地悪く笑えば、凛は「 お れ 」と強調して言った。
「でも良かったじゃないか。見えなくなって欲しいと思っていたんだろう」
「うん……そうだな。でも急にだから、不思議でさ」
今まで見えていて当たり前だったものが、見えなくなる。自分にとって、嫌なものだったとしても、どんな気分だろうか。
今まであったところに、あったものがなくなる。スペースが出来る。不思議な、感覚。
頬を撫でると凛はくすぐったそうに、笑った。
「学校はどう?相変わらず、ツマラナイ?」
「そうだな、でも最近、話しかけてくれる人が増えたんだ。でもきよと居るのが一番、好き」
照れながらも素直に言う凛が愛おしい。
「凛。好きだよ」
そう言って、薄い唇を塞いだ。凛は必死に僕の服を掴んで、応えようとしてくれる。
ずっと一緒にいられたら。そうしたら。
◇◇◇
夏休みが始まってから、僕たちはほとんど毎日一緒にいた。探検だ、と言いながら山へ登りにいったり、秘密基地を作った。
「ここはおれらだけの秘密の場所だからな」
そう言って指切りをした。
不慣れな電車に乗って、町へも行った。手をつないで、どこまでも歩いた。公園のベンチで腰掛けているだけの日もあった。
特別な事は何もしなかったけれど、毎日一緒にいるということが、特別だった。
母親との関係は良好で、たまに学校の友達と遊んだりする日もあった。凛はよく幸せそうに笑う様になって、泣く事はなくなった。
そうして、ある日突然、彼の周りから、幽霊がいなくなった。
「いなくなった」
周りを見渡しながら、呆然と呟く。それは、急なことで、彼はとても驚いていた。
「……サミシイ?」
「分かんない。なんか、変な気持ち」
そう言って、凛は周りをきょろきょろと見渡す。
「でもこれで、怖いモノはなくなったな」
夏が終わるのはいつだって、はやくて、いつだって、悲しい気持ちにさせる。楽しかったお祭りに必ず終わりが来るように。
分かっていても、切なくなるんだ。
[ 13/15 ]前 | 次
←