むかしむかし、ある小さな森に、小さなきこり小屋がありました。
この小屋には子どもが二人いまして、お兄さんの名前はチルチル、妹の名前はミチルといいました。
その夜はクリスマス・イブ。森の近くにある村は、たくさんのプレゼントと賑やかなパーティーで光り輝いています。
チルチルとミチルの家は貧乏でしたから、二人は部屋の窓から華やかな村のクリスマス・イブを眺めることしかできません。
そんな二人のもとに、突然魔法使いのおばあさんがやってきて、こう言いました。
「わたしの孫は大きな病を患っている。しあわせの青い鳥を見つければ、孫は幸せになれるのじゃ。どうか、お前たち二人で探してきてはくれまいか」
魔法使いのおばあさんは、ダイヤのついたとんがり帽子を二人に差し出しました。
なんと、このダイヤを回すと、身の回りのすべてのものに宿る精があらわれ、話せるというのです。
チルチルとミチルは、この不思議な帽子と鳥かごを持ってしあわせの青い鳥を探す旅に出かけていきました。
二人が最初に行った国は、『思い出の国』。
この国で、二人は死んだはずのおじいさんとおばあさんに出会いました。
おじいさんとおばあさんは、
「たとえ死んでも、生きている人が心の中で思い出してくれさえすれば、こうしていつでも会えるんだよ」
と教えてくれました。
ふと、庭先の木の枝に止まっていたツグミが鳴き声を上げ、チルチルはツグミの色が青いのに気づき、これこそ自分たちが探していたしあわせの青い鳥にちがいないと、鳥かごにしまいました。
しかし、二人がおじいさんとおばあさんに手を振ってお別れをすると、かごの中のツグミはたちまち黒い鳥にかわってしまいました。
二人が次に向かったのは、夜の精がくらす御殿でした。
みんなが怖がって近づかない『夜の御殿』ですが、チルチルは鍵をもらい、一つずつ扉をあけていきます。
すると、幽霊や病気、戦争、影……扉からはいやなものばかりが飛び出てくるのです。
勇気を振り絞って最後の扉を開けると、そこにはたくさんの青い鳥がいました。
二人は青い鳥をたくさんつかまえて鳥かごにしまったのですが、『夜の御殿』を出るとみんな死んでしまいました。
それから二人は、森の中に入りました。森の樫の木の枝にはたくさんの青い鳥がいたのですが、「その鳥をください」と頼んでも、これまで人間は、森の木々をきりたおし、動物を殺してきたのだから仕返ししてやると、木々に襲われてしまいます。
あわやというところまで追い込まれた二人は、帽子のダイヤを回し、光の精に助けてもらいました。
次におとずれたのは、不気味な墓地でした。死んだ人が、自分のお墓に青い鳥を隠していると聞いたのです。
夜中の十二時をまわると、墓地はたちまちぜいたくな宴の場に変わりました。
ぜいたくに溺れた人たちが、チルチルとミチルをこっちへおいでと誘いますが、慌てて帽子のダイヤを回すと、ぜいたくたちはきれいさっぱり消えてしまいました。
かわりに、あたりはとても清らかな光でみたされ、いつしか天国へと導かれたのです。
「ねぇ、青い鳥はどこにいるの。青い鳥さえいたら、しあわせになれるのに」
チルチルが訪ねると、世の中には人間が考えているより、もっとたくさんのしあわせがあると教えられます。
そして二人は、お母さんの限りなく美しい愛こそ、一番大きなしあわせだと知るのです。
次に訪れた『未来の国』は、なにもかもが青い色にそまっていました。
そこにいるのは、まだ生まれる前の、誕生を待つ子どもたち。
子どもたちは時のおじいさんの船に乗って、生まれる世界へと旅立っていくのです。
チルチルとミチルがはっと気づくと、そこは懐かしいきこり小屋。二人は、長い長い旅から帰ってきたのです。
いつものように朝が来ると、お母さんが起こしにきてくれました。
二人は、長かった旅のことをおかあさんに口々に話してあげました。けれど、お母さんには二人の話していることがちっともわかりません。
すると、あの魔法使いのおばあさんがやってきました。二人は、青い鳥をつかまえることができなかったと謝りますが、おばあさんはチルチルが前から飼っていた一羽の鳩を見せました。
それは青くもなんともない普通の鳩だったのですが、ふしぎなことに、旅に出る前よりずっと青くなっているのです。
「そうか、ぼくたちの飼っていた鳩が、ほんものの青い鳥だったんだ。しあわせの青い鳥は、こんな近くにいたんだね」
二人は、魔法使いのおばあさんに鳩を差し出しました。
こうして、チルチルとミチルは、しあわせとは気がつかないだけで、すぐ近くにひそんでいるものだと知ったのです。



メーテルリンク著、『青い鳥』。
そう書かれた文庫本の表紙を、パタンと閉じる。
誰に聞いたわけでもなく、ぼんやりと知っていたこの童話を、まさか大人になって読み返すとは思いもしなかった。
休日、小雨に黒い大きな傘を差して、マルコは初めて町の小さな図書館に行って、本を借りてきた。
背の低い棚と棚の間、見上げてくる無垢な男の子の目が、どうしようもなく気恥ずかしかった。子どもという存在は世界に敏感なもので、大人のテリトリーと自分たちのテリトリーとをしっかり把握しているものなのだ。
余裕で長身の部類に入るマルコは、あの男の子からしたら大きな壁のように見えただろう。
どうしてこんな一枚の壁が、僕の目の前に立っているのだろう。くるんとした目は、好奇心の中に隠しきれない恐れを滲ませていた。
そういうわけで、マルコは借りるつもりのなかったこの本と残りの数冊を、わざわざ新しく利用者カードまで作って、逃げるように持ち帰ってきたのだ。
「っとに、とんだ災難だよい」
アパートの一室で一人ごちたつもりだったけれど、「クルル」と小さな鳴き声が応えた。
いつの間にそばにいたのか、背凭れにしていたベッドのサイドテーブルに置いたランプの上、鳴き声の主は器用に止まっている。
「お前さんは、どっからどう見ても鳩とは思えねぇが」
きょとん、首をかしげる。
「あぁ、鳩っつーのは、こういうやつを言うんだよい」
テーブルに積み上げた本から図鑑を取り上げて、鳩の写真を見せてやるけれど、彼だか彼女は知ったこっちゃないとそっぽ向くだけだった。
今しがた読み終えた童話によると、しあわせの青い鳥とは、チルチルが飼っていた鳩だったが、数日前にマルコの部屋のベランダにうずくまっていたこの鳥は、鳩というよりは孔雀に近い姿をしている。
孔雀に近い……のだけれど、記憶の片隅で堂々と羽を広げる孔雀より、二回りは小さいと思われる体。
そして、その体を覆う羽毛はゆらゆらと、青い炎のように揺れている。
羽ばたく度に舞う火の粉にはじめのうちは血の気が引いたのだけれど、それがガスコンロの火のように何かを燃やしたり温めることもなく消えていったのを見て、拍子抜けした。
こんな鳥、見たこともない。マルコがそう思うのも無理はなく、借りてきた鳥類図鑑に青い炎に包まれた鳥なんてものはどこにも載っていなかった。
ぱっと見、怪我をしたわけでもないこの鳥を、マルコは何度も何度も追い払おうとしたのだけれど、何が気に入ったのか、クルルと喉の奥を揺らして我が物顔で寛ぐばかり。
多少道を外れることはあったけれど、全うに現実を生きてきたマルコにとって、この鳥は異質だった。
いや、誰が見ても異質であろう。
いっそのこと、新種発見だと野鳥の会にでも送り付けてやろうかと思ったけれど、そういう邪心を持って近づくと、この鳥はじっと物言わずマルコを見据えるのだ。
その目が、自分と似ている気がして、マルコは伸ばした腕を元の位置に戻す。そんなことを繰り返しているうちに、追い払うのも送りつけるのも、気が引けてしまったのだ。
「まさか、ねぃ」
口から出てきた言葉を図書館でも呟きながら手に取ったのは、伝説の生き物をこれでもかとてんこ盛りにした、ファンタジーな一冊。
ぱらぱらと捲って止まった頁に、すぐ脇にいる鳥とよく似た存在が、より神々しく描かれている。
クルルと、仲間を見つけたとばかりに高揚した声を奏でて、その鳥はばさりと羽ばたいてマルコの肩に止まった。
コツンコツン、嘴でつついたのは「不死鳥」と名付けられた伝説の鳥。
「……まさか、ねぃ」
感覚が麻痺しているのかもしれない。
ありえないと思いながらも、そういやこのアパートは果たしてペット可だったっけかと、至極現実的な問題の答えを探していた。
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