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幸せにしてよ!

財布が空になるかと思うくらいたらふく焼肉を食われて焦っていたら、ゼンが当然のように割り勘にしてくれたから、内心ホッとした。
焼肉に予想通り大興奮し、のちに大満足したゼンは、今は締めのアイスを頬張りながら帰路についている。
肌寒くなってきたというのに、元気な奴だ。

「元気だなあ、ゼン。ちょっと寒くない?」

夜が更けて、少し風が吹くとふるりと震えるくらいには涼しい。

「そうか?おれ、あったか人間だから。平熱37度くらい。」

「風邪ひいてるじゃん。」

思わずつっこんだ。
平熱が常に35度くらいの私からしたら、羨ましい。
見ているだけで寒そうなアイスはどんどんゼンの口に吸い込まれていく。

「今もあったかいぜ。ほら。」

コーンアイスを持つ手とは逆の左手を差し出された。
差し出されても、どうすればいいのかわからず一瞬とまどった。
触ってみろ、という意味だと気づいて、右手を重ねてみると、本当にあたたかい。
アイスが溶けるんじゃないかと心配になったけど、顔を上げたらもはやアイスは消えていた。

「あったかいね。」

素直にそう言うと、「言ったろ?」と返ってくる。
しばらくそのまま歩いていたら、左手の冷たさが気になってきた。

「ゼン、左手も。」

良い湯たんぽを見つけたとばかりに左手も差し出してみると、ゼンはすぐにその手を握った。
路上で輪っかを作って向き合った私たちは、それがなんだかおかしくて、吹き出してしまった。
私は少し酔っ払っていたのもあるけど。

「ゼン、おいで。」

私は柄にもなくお姉さんらしい言い方をして、すぐ近くにあった、いつかゼンを傷つけてしまった公園に入った。
ゼンはおとなしく手を引かれてついてくる。
かわいいなあ、犬みたいだ。

園内に入ると、私はまたゼンの両手を輪っかになるよう握って、ばっと顔をあげた。
近所迷惑にならないくらいの声量で、わめくみたいに、やけくそみたいに言った。
もう、酔った勢いにしちゃえってくらい、伝えたかったことを。

「ゼン、ありがとう!闘うのは間違ってなかった!一人じゃ無理なんて言ってたけど、ずっと一人じゃなかった!勝ち負けの話じゃないけど、でも、勝ったよ!私、ちゃんと勝った!」

そのあとトチ狂ったかと思われるくらいわははと笑ったら、急に体が宙に浮いた。
ゼンが足元から私を持ち上げたのだ。
私を見上げて、ゼンもにこにこと笑った。

「昴、ちゃんと笑えてよかった。」

そう言われた瞬間、私は涙が溢れそうになった。
あれから恥ずかしくて、ゼンの前では泣かないようにしていた。
だから今もなんとかこらえたけど。

「はは。ゼン、見ていてくれてありがとう。離れていてもずっと一人にしないでくれて。味方でいてくれて、ありがとう。」

何度も言った言葉だったけど、ゼンは何度だって喜んでくれる。
私の苦痛の1年間を、「私の力で」解決させてくれたことが、嬉しかった。
ゼンがなんとかしてくれたわけじゃない。
ただ、そこにいてくれただけで、こんなにも力が湧くなんて知らなかった。
そういう力も持つ人。
私にとって、そういう力を持つ人になってくれたこと。
全部、ありがとうと言いたい。

「いいよ。明日も明後日も、ずっとだから。」

「ずっと」って、どれのことを言っているのかわからなかったけど、もしかしたら全部なのかもしれないと思ったら、嬉しさがこみ上げた。
それから、こみ上げた嬉しさと、今現在の自分たちの体勢を思い出して、急激に恥ずかしくなった。

「ぜ、ゼン。おろして。」

「えあ?急になんだ。」

「は、恥ずかしい。」

「……。」

「ぎゃあっ!」

急にぐるんぐるんと回りだしたゼンに人らしからぬ声をあげてひっつかまる。
もともとうねっているゼンの黒髪をこれでもかと鷲掴みして、爆笑しながら痛がるゼンに、私も笑った。



ガンガンと痛む頭をさすりながら起き上がった。
今日が休日ならよかったのだけど、あいにく超余裕で仕事だ。
しかも、今日は異動初日だった。
昨日も「前夜祭だ!」とか言うゼンに付き合って飲んだのがいけなかった。
能天気大学生と違って私は社会人なのだということを失念していた。
しかし今日はまだ異動初日。
仕事を覚えるので1日が終わることを期待しよう。

ゼンとは、あれからたまに飲んだり、お互いの近況を話したりする、私の唯一と言っていい友人になった。
今まではなんだったんだと言われたら、「ひょっこり現れるよくわからない奴」としか言いようがなかった。
不思議な出会いから親しくなった割に、かけがえのない友人になれて自分でも驚いている。
若干ゼンからの連絡頻度が高くてウザめだが、仕事以外にたいしてすることもない私には良い気分転換になった。

私の直属の上司が、ゼンの幼馴染の人にならないよう願っていたが、それは無理だろうとも思っていた。
その人が直々に社長に引き抜きを申し出たというのだから感謝はしているが、なんとなくゼンの幼馴染と聞くと良い予感はしない。
あのゼンと十年以上も付き合いがあるということは、良い方向にも悪い方向にも転がりそうな気がした。

びくびくしながら出社すると、見知った顔がいて驚いた。

「おー!昴。今日から異動だってな!」

研修の時にお世話になった、月島さんだった。
極度の女好きとして有名だったが、研修初日にだらだらと続く雑談をぶっちぎって「早く研修始めましょうよ」と言ったら男友だちみたいな扱いになった。
あれから何度か営業部へのおつかいをした時にどうでもいい絡み方をされたが、もしかして月島さんがゼンの幼馴染ではなかろうか。
だって、今気がついたけど、喋り方がゼンそっくりだ…。

「お久しぶりです、月島さん。今日からよろしくお願いします。」

「そう堅くなんなって。直属の上司はおれじゃねえから安心しな。」

内心、本気で安心した。
この人は嫌いじゃないが苦手だ。
ゼンより心がこもってない。
それじゃあ一体誰が、と思っていると、

「おう。細目か。おれが引き抜きした、倉敷、です。よろしく。」

月島さんを引き離すようにひょっこり現れた男性が、挨拶してきた。
ソフトモヒカンっぽい、なかなかキレた髪型だ。
それから極度に眠たそうな目。
あれ?

「あ。」

「あ。」

声が重なった。
この人見たことある。
というか、数ヶ月前にべろんべろんに酔っ払っているところを介抱したことがある。
なんてことだ。

固まりながら、しかし私は確信した。
ゼンの幼馴染だ。
だって、敬語が、下手すぎる…。

「よろしく、お願いします…。」

私の人生には、まだまだ波乱が待ち受けているようだ。
ゼンの、ペカー、と輝く笑顔が浮かんで、殴りたくなった。

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