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落とした消しゴム拾ったくらいの

仕事の成果が横取りされている。
そう気がついたのは、実はもうふた月も前だけど。
例えば私が数字を全部修正した売上報告。
私が作った効率の良いエクセルの数式。
私が予約した打ち合わせ用のお店。
些細なことから、業務全体に関わることまで。
私の先輩達は、私が気がつかないとでも思っているのか、上司に全部自分の手柄として報告しているみたいだ。
もう、反論する気も起きない。

うちの部署は、「怒らない」部署だ。
経理部はとにかく数字と時間が命だから、作業を中断して失敗を叱責している暇なんてない。
遅れが出たら黙って倍の働きをしなければいけない。
だから、いつのまにか「細目が数字を間違えていて、先輩が全て直した」ことになっていても、私が呼び出されたりしない。
ただ、上司が黙って私に白い目を向けるだけだ。
いっそ怒鳴ってくれたりでもすれば、私だって弁解したい。
だけど何も言われていないのに、自分から「この売上報告の数字を直したのは私ですよ」なんて言えない。
部署内のどこにも味方がいないのがつらいところだ。
後輩も年上、先輩も年上、上司はもっと年上だ。
こんなことになるなら、高校時代もっと友人を作っておくんだった。
私が今すぐ呼び出せる手札が、あの男しかいないというのも腹立たしいことの原因だった。



「だからあ、そんな嫌なら反撃すりゃあいいじゃねーか。」

「だからあ、コソコソイジメられてるんだから反撃なんてしたら私の方が頭おかしい奴になるの。」

真夏は夜になってもまだ暑い。
仕事帰り、私が飛び降りそうになった川沿いにある公園で、缶のお酒を飲みながらゼンに愚痴る。
最近は愚痴る頻度も増えて、週に3回くらいこの男に会っている気がする。
といっても、日曜日以外は仕事帰りの1.2時間ほどだが。
なんだかもう雰囲気から飲酒をしていそうな感じがバリバリ出ているが、一応未成年なので公園で愚痴る時はサイダーを買い与えている。
初めてサイダーを買ってあげた時、「え、おれの酒は?」というつぶやきを聞こえなかったふりをしてから、ゼンは黙ってサイダーを受け取っている。
素直な良い子だ。
愚痴聞いてくれるし。

「やば、これ酒が強い。」

初めて買ってみたコンビニ酒が、思ったより強かった。
飲めなくはないけど、もうゼンの前で醜態を晒したくなかったから、家に持って帰って飲もうかな。
そう考えていたら、ゼンがサイダーを缶の狭い口に流し込んできた。

「割る?ソーダ割り。…あ。」

思った通りゼンは不器用で、缶の口から外れたサイダーが私の手をびちゃびちゃと濡らす。

「すまん!ごめん!」

「バカゼン!ベッタベタじゃん!ていうかそんなあっまいソーダで割ったら変な味になるから!」

反射的に手を引いたら、なぜかゼンの手も付いてきて、さらに私の手を濡らした。
なに釣られてんの?!

「あ!お前人の親切をそうやって!」

逆に憤慨し始めたゼンが大きい声を出すから、私も釣られて声が大きくなっていく。
釣られているのは私も同じか。

「頼んでませんー!」

「はあ?頼まれなくてもやるから親切なんだろが!頼まれてやるのはお手伝い!」

「何その線引き?!初めて聞いたんだけど!でも確かにね!あーむかつく!私だって親切のつもりで数字直したのに先輩に見せたら「頼んでない。自分で気づいてました」だって!はあ?!じゃあ最初からやれーー!!」

なんだかもう、叫んでいるうちにあれもこれもと不満が溢れてきて、ゼンに向かって怒りをぶつけてしまった。
なんてことを。

はっとして謝ろうと顔を上げたら、ゼンは不快そうな顔どころか、ポカンと口を開けて、続けてポツリとつぶやいた。

「昴、そんなデケー声出るんだな。」

「へ?」

なんというか、的外れな発言だ。
だけど、たしかにゼンの前でも、他の誰かの前でも、大声をあげることはなかった。
私、こんなに大きい声が出せるんだ。

「そんな声出んなら、やっぱ闘った方がいいんじゃねーの?」

どういう意味?
私が大きい声が出せるのと、闘うということの関連性が見出せない。

「おれ、昴はなんつーか、全部諦めてんのかと思ってたんだよ。」

いまだにベタベタの私の右手から缶をひょいと取り上げて、歩き出す。
どこへ行くのかと慌ててついていったら、なんてことはない、手洗い場だった。
振り返って私に手を洗うよう促してから、ゼンは続けた。

「おれに愚痴って気分が晴れるならそれでいいんかなって。でも、そうじゃねーみてーじゃん。つーか、社内のイジメちょっとひどくなってってるカンジするしな。」

手をハンカチで拭ってゼンから缶を受け取ると、少し軽くなっている気がした。
この男、洗ってる隙に飲んだな…。

「そんなに嫌だーって気持ちが溜まってんなら、やっぱなんかしら反撃した方がいいんじゃね?」

「だから上司に言っても、」

「上司って奴にチクるんじゃなくて、そのいじめてくる奴に直接言えばいーじゃん。」

「へあ。」

マヌケな声を出してしまった私に、ゼンが吹き出す。

「くっ…なんだよその返事。」

「いや、その方法は思いつかなかったから。」

少し照れくさくなって、酒を一口飲んだ。
ゼンのソーダで割ったせいで、味は薄まってるし甘ったるい。

だけど、直接言う度胸がなかったから今こうして相手のいないところで愚痴っているわけで。
直接ケンカ売れたらそもそもこんなことにはなっていないだろう。
ゼンは、私の性格をわかってない。

「昴ってよくチワワみてーだなって思うけど。」

「はあ?」

「だから口悪りーって。聞けよ。」

突然何を言い出すのかと、思わずすごんでしまった。
こいつ…私の性格よくわかってるじゃん…。

「威勢良く吠えるくせに、本当に大きい相手とか言いたい事は小声になるだろ。あと目えデケェし。」

関係ないでしょそれ。
ありがとね。

「おれにはあんなにデケー声出せんのに、本当に言いたい相手には言えないっておかしくねえ?」

それはゼンが弟みたいで、大型犬みたいで、言いやすいからよ。
ん?私は小型犬で、ゼンは大型犬なの?何それ、ムカつく。

「言いたいけど、言えないから現状なのよ。私はゼンみたいになんでも言いたい事言えるほど強くないし。」

「なんだよ。おれだって暢気に今まで生きてきたわけじゃねーぞ。」

「うるさいな!もし私が言いたい事言って、向こうがそれ上司に報告したらどうなると思う?私の方がクビにされるって!ゼンに私の気持ちはわかんないよ!」

ああ、もう。
本当はこんな事言いたくない。
ゼンが今までどんなに努力して「まとも」になったかだって、知らなくても考えればわかる。
だって、「好きな子」に自分の過去を打ち明けるのを躊躇したゼンだ。
今はもう、他人を思いやる事だってできる。
私に正しいことを諭してくれているのだって、この子の優しさだ。
私が弱いから、受け止めきれないんだ。

「そーかよ。…お開きだな。」

それだけ言って、ゼンは私に背を向けて行ってしまった。
サイダーは空になっていて、公園の出入り口に設置してあるゴミ箱に投げ入れていた。
乾いた缶の音だけが公園内に響く。
一度も振り返らずにゼンは去っていく。
何よ。
この先は私だけで闘えっていうの?
私が情けないからいけないの?

「バカゼン!じゃあ私にもっと、勇気をちょうだいよ!」

自分ではさっきと同じくらいの声量で叫んだつもりだったけど、やっぱり本当に言いたい事はか細い声しか出なかった。

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