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あなたにとってはどうせ

ゼンの連絡先を知らないのは、意外にも不便だった。
最初の頃はそんなに会わないだろうし、と思っていたし、実際日曜日に勝手にうちに来るから、私から連絡することはなかった。
ただ、今日。
この猛暑日。
ただの口約束だけで待ち合わせをした私たちは、まったく合流できていない。
待ち合わせ時間はもう1時間過ぎているのに、ゼンは一向に現れないのだ。
いつもは仕事帰りとかにどこからともなく目の前に現れるくせに、どういうことなの。

そもそもこんなことになったのは、ゼンが誕生日に例の女の子にもらったという本が嬉しかったから、本をお返ししたいと言うからだった。
果たしてゼンがその本をちゃんと読むのかどうかはさておき、誕生日プレゼントをお返しする人を初めて見た。
私も本屋は好きだから別にいいけど、と承諾したら、この有様だ。
待ち合わせも碌にできない男だったとは。

お店に入って涼みたいけど、ここから動いたらもう今日は合流できなくなるだろう。
もう、先に本屋に行ってしまおうかな。
いや、ダメか。
どこの本屋に行くかゼンに言ってない。
暑さで倒れるぞ、こんなの。

ゼンのケラケラ笑う顔が浮かんだ。
それから、あの日うずくまっていた私の顔を心配そうに覗き込む顔も。

「ねえ、お姉さんがゼンの彼女?」

暑さでキレ気味になりつつあった私に声をかけてきたのはナンパではもちろんなくて、二人組の女性だった。
年下に見える。
ていうか、ゼンって言った?
あと、聞き捨てならない誤解を聞いた気がするけど。

「あの、どなたでしょうか。」

顔を上げて見た二人の顔は、バッチリとメイクが施されていて、自分のほぼすっぴん顔を覆いたくなった。

「どなたって、ゼンの友だち。最近ゼン付き合い悪くなったと思ったら、あんたと一緒にいるとこ見かけたから。」

「こんなのだったんだー。ショック。」

なにやら雲行きがあやしい。
「あんた」?「こんなの」?
最近の若者は口の利き方がなってないな。
って私も、「最近の若者」か。

「えーっとつまり、何が言いたいんでしょうか?」

「別にー。ただゼンが最近遊んであげてる女がどんなのか見てみたかっただけ。」

「でも大したことなかったね。すぐ飽きそー。」

もう、言いたい放題ね。
別になんだっていいけど。
噂話だろうと嫌味だろうと悪口、陰口だろうと、こういうのは高校生の頃から慣れている。
むしろ現在進行形で同じことを会社でされているわけだし。
大人のメンタルを舐めないでほしい。

それから彼女たちは私に言いたい放題言っていたけど、私があんまりにも無反応だったから痺れを切らしたようだった。

「ねえ、なんか言いなよおばさん!」

お、おお。
2つしか違わないのに、化粧とすっぴんだとそんなに顔面に差がでるのか。
一応、私の人生美人でやらせてもらってるんだけど。
むかつく。
はらたつ。
あんたたちより私の方がずっと勉強ができるし、仕事もできるし、それに、ゼンと仲良しだ。
そうだよね?

「わりー!ちょっと昔の知り合いが偶然ケンカ…会ってよー!なんっかマジで久しぶりだったからケン…話してたわ!」

はい、ケンカしてたのね。
全然更生してないじゃん、こいつ。

「…昔のケンカ相手に絡まれたから殴ってきた?」

「そうです…。」

罰が悪そうな顔を見せる。
いいからもう、早く私をここから連れ出して。

「ゼンー!久しぶり!」

「ねえ、最近付き合い悪いじゃん!」

化粧の濃い二人が、女の子特有の匂いを振りまきながらゼンに近づく。
ゼンはポカンとして、首を傾げた。

「…誰?昴の友だちじゃねえの?」

「ゼンの知り合いでしょ?」

内心では爆笑。
ただ表には出さない。

「あー、わり。おれ興味ねーヤツのことは覚えらんねんだ。あとくせーヤツのこともあんまだな。」

つーかキライ。
珍しく子どもっぽく、うえ、と舌を出すゼンを見て、気がついた。
見てたんだ、今までの。

「ゼン、もういいよ。行こ。」

ゼンの服を掴んで、本屋に向かって歩き出した。
女の子2人はあっけにとられている。
何も言えずに固まっているから、捨てゼリフの代わりにすれ違いざま中指を立ててやった。

ついでに

「(ざまみろ)」

と、舌を突き出して口パクした。
あの言われようなら、私からはこれくらいで十分だろう。

「仕返しが悪質。減点。」

しばらくしてから、ゼンがにやけながら言った。
いつも私が勉強を教えている時の口調を真似たみたいだ。
私もにやけながら、本物を見せてやるつもりで言った。

「助けに来るのが遅い。減点。」



本屋についてアレコレ吟味して、ゼンは良いのを見つけたみたいだった。
見つけるまでに大変な苦労があったけど、もう待ち合わせの時点でバカみたいに苦労しているからもう気にしないことにした。

あまりの暑さにフラフラしていた私をみかねて、ゼンがどこからともなくレモネードの入ったカップを買ってきた。
一口で半分くらいを飲み干して、残りをゼンに手渡す。
飲み終わったカップをいつの間にかどこかのゴミ箱に捨ててきていて、ゼンは外を歩いていると完璧に見えた。
家では私が用意したお菓子やお茶を、出されるがままに胃に納めていくだけなのに。

「ゼンはバイトとかしてるの?」

夕日の中を歩くゼンの、ぴょこぴょこと揺れる黒髪を見つめていたら、ふと疑問に思った。
普通に本を電子マネーで買っていたし、そういえばレモネードもおごってもらっていた。
前から気になっていたのだ。

「おー。引っ越しと、宅配のバイトしてる。あとリサイクル品屋の店番とか。意外と儲かるぜ。」

体力仕事か。
たしかに、向いてるかも。
きっと人脈もすごいんだろうから、どこででも働けるんだろうな。

「そう。楽しそうね。じゃあバイト帰りとかに私のとこに愚痴聞きに来てるんだ。」

「いや、バイト終わって、帰って、シャワー浴びて着替えてうろうろしてると、その辺に昴がいる。」

なんじゃそりゃ。
野良ネコか私は。

「わざわざ着替えてるんだ。」

「うん。自分の汗の臭いで鼻が効かなくなるんだよな。」

「えっ、私のこと匂いで見つけてるの?!」

めちゃくちゃ嫌な見つけられ方!
そんなに遠くから匂い漂ってる??

「なんだろな。なんかわかるんだよ。でも、自分がくせーとわかんねーの。それに、」

言葉を切ってから、ゼンはじっとこちらを見て、突然私の首筋に鼻を埋めた。

絶句。
したおかげで、大声を出さずに済んだ。

「昴、いい匂いするし、な。」

「………………そう…………。」

くすぐったくて、ゼンの顔を引き剥がした。
男の子の顔がこんなに近くなったのは、久しぶりだった。

するとなにを思ったのか、ゼンは突然頭の上に電球が灯ったような顔をして言った。

「そうだ!LINE交換しよーぜ!連絡取れないの、不便だもんなー。」

「そ、そうね…。」

それしか言えなかった。
一体どこからそんな話に飛んだのか、そこそこ付き合いも長くなってきたけど未だにゼンの思考回路はわからない。

こうして、ゼンと私はついに連絡先を交換したのだった。

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