「シノア、優遅いね」
「あはは、怒らないでくださいよー」

怒ってるわけじゃなくて心配してるんだけどなあ。優は結構喧嘩とかふっかけるタイプだからもしも優に何かあったら私どうにかなってしまいそうで。グレンに許可をもらっているから研修教室に一緒についていくことになったし、研修中のみんなにも久しぶりに会いに行った方が良さそうだし。

あ、優が来たと言えばシノアは耳が良いですね、と皮肉を言ってきた。優の顔を見た時に頬が腫れていたりしたものだからまた、喧嘩でもしたのではないかと心配した。喧嘩したの、と聞けばしてないと優は言ったので私はその言葉を信じた。いや、どう見ても喧嘩してるんだけどね。うん。
与一くんは目を輝かせていた。そんなに嬉しいのだと考えるとなんとなくこちらも嬉しくなる。教室に向かう途中与一くんは心細くなったらしくイジメられたら、などということを考え始めた。私とシノアはお互いに目を合わせた。

私が口を開こうとしたけれど優がなんかかっこいいことを言ったので私は優の頭を撫でた。一気に成長しちゃって。お姉ちゃんの出る幕なかったりして。最後の殴って実力を思い知らせる、なんて聞きたくなかったのだけど。

「姉ちゃん、まだつかねーの?」
「もうすぐだよ。早くつきたい気持ちはわかるけど」
「いや、早くつかなくてもいい。姉ちゃんと、いたいし」
「優…じゃあ、後で私の部屋に来ていいよ。一緒に寝ようか」
「ああ!」

シノアがここですよ、と扉をあけて真抜けた声で失礼しますと言った。扉を開ければ視線が突き刺さる。主に優と、与一くんにだが。壇上に上がり連れてきましたよ、と伝えれば後で褒美をやると言われた。何をくれるんだろう。
グレンは続けて珍しく担任である俺が出迎えたのは転入生がいるからだ、と声を張り上げていたが普通は担任は毎日教室に来るものなのだが、ということをシノアはちゃんと突っ込んでくれた。ありがとう。

グレンの簡単な説明によると優はアホで与一くんは弱虫だそうだ。グレンあとで殺す。グレンは適当に手を振って自己紹介を任せたけれど優の口からは友達を作りに来たんじゃねぇ、と。グレンも私も目を見開いた。黒板を拳で叩いてただ、馬鹿みたいな宣言をしていた。確かにその通りだけれど、優の無鉄砲さに頭を抱えたくなった。ああ、もう。そんなことを言ったあとにグレンの蹴りが、優にクリーンヒットする。

ああ!優!私はその場に飛び込んでグレンを抑えようとしたが、グレンは優にクズだのアホだの、しまいには童貞などと言ったのでムカついて殴った。生徒たちからヒソヒソと何かが聞こえてきてもどうでもいい。優のこと馬鹿にすんじゃないわよ!と思いながらとにかく殴っておいた。

「翔子!お前、上司殴んなよ!」
「優のこと侮辱したからだ!自業自得だアホめ!」
「ったく、あー、優。お前の席あそこな」

優の言われた席の後ろでは教科書を顔に乗せぐーぐーと寝ている青年。ちょっと、あれ!なんで寝てるの、というよりもグレンわざとあの席選んだんでしょ?死ね!ホント、優になにしたいってのよ!すると、寝ていた青年は起きて、優と顔を合わせた瞬間喧嘩になった。

「そうだ。彼、前に監視下で友達作りさせてたこだ。君月くんだよね。」
「あー、そうだ。友達作りの効果は?」
「ご覧の通りです」
「おまえちゃんと仕事しろよ」

監視はしてましたよ、とニヒルな笑みを浮かべて朝起きたことを話した。やっぱり優喧嘩したんじゃないか。今日は説教しなくちゃ。あまりにもうるさい二人にグレンは思い切り蹴りを入れた。わあ!優!と二人の方へ近寄るとグレンの間延びした授業始めんぞーと言う声が聞こえた。ホントグレンあとで殺す。



デスクの上に、座ってグレンの持っている書類を一緒に眺めていると執務室の扉が開いた。声を聞くとそれは君月くんで、私とグレンに話をしたいようだが二人して却下する。けれど、彼は話し始めた。適性試験のこと。彼は黒鬼シリーズに挑戦させてもらえるんですよね、と有無をいわさずに言ってきた。私は溜息をつき、グレンは彼の方を向くことなく部屋に入ってきたことを咎めていた。

全科目トップ、だからなんだというのだろうか。そんなんで黒鬼に挑戦できるか、いや、違うね。彼の言うハッタリバカとは、優のことなんだろう。私はいらっと来たけれどグレンが私の腕を引っ張るものだからどうにか心のうちに留めた。

焦って力を求める理由をグレンは問うた。けれど、君月くんはグレンと私を見据えてなぜそんな質問をするのかと、逆に質問してきたのだ。確かに彼のことは知っている。大人だけを殺した黙示録のウイルスに子供なのに罹ってしまった妹の治療費。それが必要なことだって私もグレンも分かっているのだ。
吸血鬼殲滅部隊はエリート集団。所属から活躍へとコマを進めれば民間に開放されていない治療法や解呪法だって無制限に受けられるだろうけど、今の君月くんでは無理だ。私とグレンは声を合わせて彼に言った。

「今の君月くんでは取り憑かれると思うよ。そして、殺される。」
「じゃあ、翔子さん。あの百夜とかいう馬鹿は大丈夫だとでも?」
「私的意見では大丈夫だと思うけど、どうかね。優の方が貴方よりかは平気だと思うよ。だって1回鬼を退けてるもの」

私の言葉に君月くんは目を見開いた。それに、とグレンは言葉を続けた。意外と言う言葉が耳についたが仲間を大切にするだろうと言ったグレンを少しは敬ってみようかな、なんて。君月くんは声を荒らげた。力は俺の方が上だと。仲間を作れ、一人で抱え込むな、そうしなくては、鬼に取り込まれた時呑み込まれて戻ってこれなくなる、と。

「翔子」
「私かよ」

グレンの指示により、デスクから下りて十センチほどの棒に触れる。ずる、と何かが這いつくばる様な音と共に黒い大きな物体が私の背中から現れた。

「焦りや怒りは鬼の好物だ。今のお前じゃ欲望に喰われて本物の鬼に成り果てる」

君月くんの瞳には恐怖が宿っているのを私は見逃さなかった。



翌日。小百合が、担任としてきていたので私も横に立って見物していようと決めた。適性試験に向けて能力を見定めるためのテストのようなものだ。結果が出ないとまず試験に出れないという。二人組で、息を合わせて訓練用の戦闘人形を倒すという至ってシンプルな演習。

優、大丈夫かな……。そう思ったら優がこっちに走ってきた。姉ちゃん、俺と組ん、とそこで小百合が翔子さんはこっちに来てくださいねー、と腕を引っ張る。残ったのは君月くんと、優だけだった。ちょっと、小百合。危ないんじゃないの?小百合は相変わらずにこにこしているだけだった。


十分くらいしたら、唐突に君月くんを呼ぶ声がした。どうやら君月くんの妹が危篤らしい。これはちょっとやばいかな。小百合と目を合わせつつ二人がどう言う結論に至るのかを見ていた。するといつまでもうじうじしている君月くんを殴った。

「家族は死んだらもう…!」
「っ、ゆう……!」
「翔子ちゃん……?」
「家族は死んだらもう二度と会えないんだぞ!」

成長したんだ、優は。いつまで経っても子供じゃないことくらい分かってるんだ。でも、私の中で優はまだまだ子供だ。小さい頃から、ずっと変わってない。なんて、失礼な姉だろうか。小百合、ごめんね。謝ってから私は執務室へ足を進めた。



執務室で私とグレンとシノアで今回の結果を話していた。黒鬼シリーズに挑戦できるのが二人、しかも優と君月くんだとは。二人も入れば月鬼ノ組の戦力は大幅に上がるだろう。見た限り与一くんが一番安定してると思うけど。

この国の王位を本家から奪うために準備をするグレンを、私は支えなくてはならないのだが優が来たらそれを放置するのもいいかな、なんて。