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期待と現実

謙也さんと話してからは俺の調子もだんだん戻ってきて、またいつもみたいに杏奈先輩とも話せるようになった


『おっしゃあ!ナイス財前!』

「こんくらい普通っすわ」


謙也さんとダブルス練習をしていると先輩がタオルを持って来てくれた

『財前くん、お疲れさま!あ、謙也も!』

『お前なあ…』


どんまい謙也さん
俺は礼を言って先輩からタオルを受け取った
冷えたタオルの感触が心地いい


『それにしても、よかったなあ…』

先輩はおもむろに切り出した

「何がっすか?」

『いや、財前くん最近なんか調子悪かったやん?ずっと心配しててんけど…戻ってきたみたいでよかったわあ」

…心配かけてもうててんな

ふんわり微笑む先輩にちょっと申し訳なく思いつつ俺も笑い返した

「もう大丈夫っすわ。でも先輩に心配してもらえて嬉しいです」

『う…うん!あ、ドリンクも持ってくるから、練習頑張ってな』

顔をほのかに赤らめて走っていく先輩の背中を見てると、謙也さんのため息が聞こえた


『はあ…お前らなあ。俺めっちゃ疎外感やってんけど…』

「それはしゃあないすわ。杏奈先輩のこと好きですし、俺。」

『…もうええわ』

先輩は今部長にタオルを渡しとるけど前ほど気にならんくなっていた
ちょっと、心に余裕が出来たんかもしれんな

すると謙也さんは小さく溜め息をついて俺に言った


『せやかてお前、それは杏奈に言わんかったら意味ないねんぞ』

「…分かってますわ」

まあそろそろ、けじめつけなあかんやろうなとは思ってる

でも学校ではほとんど部長と居りはるし…帰りもそうやし…なかなかタイミングが…

『せや、ええこと教えたろ』

「は?」

突然ニヤけだして…きしょいんやけど


『俺ら三人はいつも屋上で昼飯食っとるけどな、委員会で明日は白石居らへんで。まあ、俺は席外したるしー』

つまり…

『まあそういうこっちゃ!可愛い後輩の背中ぐらい押したるわ』

謙也さんはニヤニヤしながら言った


昼休み、か…

まあ今くらいは、謙也さんのおせっかいに乗ったってもええかもしれん


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そしてついに翌日の昼休みになった

今まで俺から誰かに告白したことはなかった

それに、もしこの気持ちを伝えて、先輩との関係が壊れてしまったら…

もし先輩が、部長のことが好きやったら…

そんなしょうもない不安が今さらながら渦巻いてきた


でも、俺はやっぱり伝えたい

「よし、行こ」

そう呟いて俺は教室を後にした

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………?
屋上のドアに手をかけたとき、なんか一瞬胸がざわついた気がした

扉が重く、耳障りな音を響かせて開く


「なっ…」



部長と、目があった


俺の目に飛び込んできたのは、部長に抱き締められている杏奈先輩の姿やった


『財前…!』

謙也さんは焦った顔で俺と部長を見比べている


部長が俺にニッコリ笑いかけた

『なんや財前、えらい遅かったなあ』


「…!」

背筋が急に冷えていくと同時に頭がカッと熱くなった

足はすくんで完全に動かんかったはずやのに、いつのまにか背を向けて走り出していた


なんで、なんで、なんで…!


“なんで“…?

ああ、俺は心のどっかで勝手に期待しとったんか


その期待はあまりに滑稽で、俺はただあの状況から逃げ出すことしかできんかった