涙色の空へ叫ぶ



ああしまった!と思ったのは正午すぎてから。達海さんはもう隣にいなくて、代わりに書置きがおいてあった。
「ひるめし かってくる」
気付けばオレはハダカのまんまで、でもそう、シーツとか、いろいろキレイになってたりして、また顔が真っ赤になった。申し訳なさと、恥ずかしさとが、いっぺんに戻ってきた。朝は、まだ、そのまんまだったから、そのあとだ。オレはいつ眠ってしまったのだろう。達海さんとなにか話してなかったかなぁ。
心地よい身体の重さと、痛みとがじんわりと全身を満たしてる。もう一度寝そべったシーツの上がひんやり気持ちいい。ああだめだ、動けなくなってしまう。ずっとこうしてもいたいけど、外にも出たいな。ボールが蹴りたい。
達海さんが用意してくれてたジャージとスウェットに着替えた。たった1センチ違うだけなのに、体格差ってでるんだな、大きいや。あれ、でも達海さんてすごく痩せてなかったっけ、オレより、ずっと。

「…ん」

痩せた覚えもないのに。前より大きく感じた。もっとごはん食べよう。
今何時かな、達海さんはいつ帰ってくるだろう。
窓の外はしっとりと雨が降ったようで、アスファルトがくろくなっていた。オレは、このくらいの天気、すきだな。外は雨は止んだけど、気温は低いまんまの。あ、達海さんは傘とか、持っていったのかな、もいちど降りそうだ。

すれ違いになるのも困って、達海さんの部屋のドアの前で、達海さんを追いかけるのを躊躇していたら、ほどなくして達海さんが帰ってきた。開いた瞬間にばっちりと目が合って、達海さんは嬉しそうに笑った。

「お、なんか飼い主を待っててくれた忠犬みたいだ」
「雨は大丈夫でしたか?」
「うん、ラッキーだった。ここ出るまで降ってたんだけどね、やんじゃった」

すみません、おつかれさまでしたと言えば達海さんが、俺の奥さんみたい、と顔をほころばせるから、何だかオレも照れくさくなってしまう。達海さんはその足で、今からご飯作ってあげる、と給湯室へ向かった。オレもそれに続く。

「なんの、ごはんにしますか?オレ、手伝えることがあったら…」
「ん、じゃあ蕎麦でも打とうか」
「え、」
「はは、うそだよ、お湯沸かすだけ。運ぶのを手伝ってね」
「はいっ」

何だか今、夫婦みたいだとふと思った。あ、奥さんは達海さんですよ。オレが、養うんです。そこは、オレだってカッコつけたいじゃあないですか。ほら、ただいま、おかえりってやりたいです、ごはんにします?って。それくらい、今すごく幸せなんです。ずうっと、続けばいいなぁ。

温かいカップめんは、やっぱり即席以上の味はしなかったけど、同じものを、肩を寄せ合って食べるのはまた違う。達海さんとの、特別なんです。
昼からは、達海さんは次の試合の戦略を練るんだろう。部屋にいていいよと達海さんは言うけど、やっぱり邪魔になっちゃうだろうから、外、出よう。こんなオレを使ってくれてるんだ、オレも達海さんやチームになにか返したい。だから、練習しよう。もっと、うまくなりたい、もっと、貢献できるようになりたい。達海さんがこうやって、部屋に籠ってくれるのって、結局オレたちのためじゃないですか。だから、尚更。

「椿はよく食うね、」
「うっす」
「成長期なんだねぇ、やだなぁ、身長抜かされんの」
「まだ、達海さんのほうが、大きいですよ」
「ん、ほんとだ」

オレの頭をなでる達海さんの顔色が、ほんの一瞬だけ曇った気がした。それに気づくか気付かないかのうちに、達海さんは俺をきゅって抱きしめて、抜かないっでって呟く。それは大人の意地とプライドなんだよ、っていつか達海さんが教えてくれた。オレはハタチだけど、大人じゃあないのかな。35歳って、達海さんまだ若いですよ。

練習着に着替えて、ランニングシューズ履いて、持参したボールを抱えて出ようとしたら、ふいに達海さんが、オレの名前を呼んだ。


「いってらっしゃい」
「…!いってきます」



オレすごく今しあわせだ。



芝生の上を、確かめるように踏みしめて、スパイクに履き換えた。でもその瞬間、スパイクに変な違和感を感じて、また脱いでしまった。

「あれ?」

スパイクが恐ろしく大きい。むくんでたりしたりして、窮屈だったことはある。次の日は元に戻った感触があった。でも、元より、もっと足が小さくなってる。間違えたかな、と思ったけどやっぱりオレのスパイクだった。間違ってなんかいなかった。サイズだってそう、27.5。いつもの、愛用品。前は足が大きくなってることはあったのに。なんだこれ、なんで。
本格的に、自分が痩せたのかなぁって、すこし落ち込む。
ごはんだって、いっぱい食べてたのに。筋肉とか落ちると、ちいさくなるのかな。足って、痩せるんだ。仕方ないから、靴下二枚履きして、もう一度スパイクを履く。
違和感ばかりで、困るなぁ。走る時、気をつけなきゃ。達海さん、まだ、あなたの身長は抜けそうにないみたいです。
あ、雨降りそう。まって、まだ降らないで、あとせめて、1時間。
おかえりって、いわれたいから。
練習お疲れ、って。それでオレは、監督ご苦労様ですって。





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