ワタシは大人だから





一途さと真っ直ぐさを兼ね備えたまだ青いきみ。眩しくてかなわない。自分がいっそう惨めになるんだよ。
出来るなら、きみのことは避けて通りたいわけ。でもだめだ。障害が付き物のこの世界では、誰も逃げられやしない。特別枠は存在しない。
最善のすべは、それとどうやって付き合っていくかを、探すこと。




「達海さん、」

台風か嵐か、彼のイメージはいつでもそんな感じだった。触れたものを壊してしまうような、乱暴さや獰猛さを彷彿させた。
なんの前触れもなくやって来た彼は、楽しそうに俺の名前を呼ぶ。

「…やあ、モッチー」
「あはは、なんか変なあだ名ついてる!」
「今日はどうしたの」
「ちょっと、話したいことがあるんですよ。今、大丈夫ですか」
「…うん…いーよ」

周りを全部巻き込んで、壊してしまう、台風。そのくせ、中心は驚くほどおだやかで。ピッチ上で見るような獰猛さはどこにも見当たらない。外側の台風なのか、内側の「目」なのか、この人間の本性なんてのは判らない。

「椿くんを、デートに誘いたいなぁって、思いまして」
「…だからなんで俺なの?」
「同士だと思ってるんすけど…あれ、もう諦めました?」
「お前結構好き勝手言ってくれるね」
「すいません。性分なんで」

持田はある日ふらりとやって来て、椿のことが好きだ、と何の躊躇もなく俺に告げた。
ああ、そう。
ポーカーフェイスを気取ったつもりで返事をしても、持田には全く通用しない。


達海さんも一緒でしょ?


抑止論とはこういう事なんだろう。この一言で、持田は全てをゼロにした。
普通じゃない筈のこの椿に対する気持ちを、逆手に取るわけでもない。自分さえ言わなければ、このよで異質なのは俺だけだったのにね。
お互いがお互いの秘密を握っていれば、下手に行動も起こせなくなる。

それにしてもこうやって簡単にバレるくらいに、俺は深みに嵌まっていたんだ。それくらい椿が好きだった。もう後には戻れない。
なのにわざわざ手の内明かして真っ向勝負で俺に、椿の恋人を名乗る権利の取り合いをしようってさ。でもまあ、不毛だよね。椿はきっと、ほら、ね。
本人ほっておいて、何をしたところで意味がないんだから。

「…つか俺べつにモッチーの味方でもないよ」
「ぶはっ、まあこの際なんでもいいんです。ぜひ達海さんに、相談に乗って頂きたい」
「はぁ」
「椿くんて、どこに誘えば喜んでくれるんですかね。むしろ、何が好きなんすかね。サッカー以外」

持田は、反則すれすれの狡猾さや圧倒的な巧さのプレーが秀でた奴だった。やな奴を敵に回したもんだと思っていた。
お前さ、私生活じゃ随分と雰囲気違うんだね。

「…てか俺、椿と出掛けたこと、あんまないよ」
「ぶっ、ぎゃはははは!あるんじゃないすか!…つか、あの椿くんと一体なんの話して盛り上がるんすか」
「えー…、ここのあんまんうまいねーとか椿は和菓子好きー?とか?」
「主に甘いもんの話なんすね!ひー腹痛い」
「椿はつぶあん派だった」
「俺も椿くんと行きたいなーいいなー」

お前ホントに「訊きに」来ただけなの?
そんなキャラだっけな。椿なんかひょいひょいって誘拐しちゃいそうなツラしてるのに。

「…てか、持田って椿のことすきなの」
「だいすきっすよー。何を今さら」
「それは、」
「はい?」
「ライク?それともラブ?」

そう言った途端、持田から一瞬で笑顔が消えた。いつもの持田だ。ま、いつもなんてほぼ知らないけど。とりあえずそれ、目上に向ける視線ではないよね。

「…達海さんってなんの気も無しに椿くんとご飯行けちゃうんですか」
「は?」
「だって監督と選手っすよ。フツーあり得ないじゃないですか。15も歳離れちゃって、それで友達みたいに椿くんのこと連れ回しちゃうとか」
「お前な…、」
「いや、言い方は悪いですけど、達海さんが監督だから何にも言わないでついて来てくれてるんじゃないですか。良くも悪くもそれを利用してますよね。いくらにぶちんの椿くんでも、考えることはしますよ。その上でついてってるとしたら、達海さんのことどう思ってんだろうなーとは、思いますね」

そうだよ、椿の優しさにつけこんでんだこっちは。そうでもしないと、二十歳の人生これからの若い若い青年がこんなおっさんに付き合ってくれる筈もないでしょ。
そんなこと分かってんだ。
お前みたく、かわいい事言ってる時間なんてないんだよ。

「…痛いな」
「そりゃあ俺、本気で椿くんのことすきですからね。嫉妬してんです。フェアじゃないし」
「…俺はお前の若さと真っ直ぐさとか羨ましいけどね。保身とか、考えるから」
「あーあ、贅沢だなぁ達海さんて。ホラだって、俺と達海さんじゃあ、椿くんからしたら他人と親友くらいの差があるんですから。…毎日レベルで会えちゃう達海さんと、何ヵ月も会えないかもの俺とか、普通なら絶望レベル」
「…椿は、数回しか会ってないはずのお前をめちゃめちゃ意識してるよ」
「……」
「その点俺は、多分『椿の親友』止まりなんじゃないかなーとは思う」
「…え、自分から土俵降りるとか許しませんよ」
「お前が羨ましい、って話だよ。誰が譲るっつったよ」
「ぶはっ、言いますね」
「どこの世界も、相手がいなけりゃつまらない」

持田は声に出して笑いながら、お手上げだと言わんばかり、両手を挙げた。その目だけが笑っていなかった。

「うわーすごい人敵に回しちゃったなー」
「好敵手、だよ」
「ぶはっ!達海さん、そーいうの、自分で言っちゃ駄目っすよ」
「そ?」

でもうれしーっす、達海さんに、ライバル公認してもらえるなんて。
持田はそう言って、うやうやしく頭を下げた。
俺を神聖視する目が、ある意味で俺を紳士へと変えるんだ。敵に塩を送るような、スマートな人間に。

「うちと当たるとき、椿がいるからって手ぇ抜くんじゃねーぞ」
「心外ですね。俺がンなことすると思ってんすか」
「いーや、微塵も」
「ならよかった」

でも俺、実は手加減なんてできないからさ。本当はそんなんじゃないんだよ。若くて青いきみにさえ、余裕なんてこれっぽっちも持てない。椿を取られたくない、その一心で俺は生きている。

きみはこの世の理不尽さを嘆いても、戦おうとするだけの力があるよ。そんなきみはさぞカッコいいんだろうね。
でも俺はね、カッコよくはいかないから。泥臭くいこうかなあ、なんてね。年甲斐もなく、色恋に精を出せるのはきっと、きみのせい。誰にも付き物の障害がきみでよかったよ。






なあ、持田。






さてどっちがさきに、椿を諦められるんだろう。










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