無添加サイダーの青






大介に愛される人や記憶は幸せだよ。大介はそれをいつまでも献身的に大切にしてくれるから。
だからさ、そういう思いがいつまでも消えずにこうやって残ることができるんだろうね。後でちゃあんと実を結ぶように。大介、おまえは立派なサッカー選手だよ。







朝方だった。空気が冷たい。陽射しが気持ちいい、晴れの日。指がかじかむ初冬。靴紐を結んで、玄関先のマイボールを担いで、忘れ物がないか確認して、さあ練習に行こう、と立ち上がったときだった。
カバンの一番外側のポケットに入れた携帯電話。普段鳴りはしない筈の着メロが思いもよらずに音を響かせる。
懐かしい音。めっきり鳴らなかったのに。設定していたグループは3。たしか、そうだ。


(『小学校の友達』…)






「アイス食べる?」

ぼんやりとしているオレと背中合わせに腰掛けて、達海さんが声を掛ける。オレはと言うと、達海さんの声も遠く、別のところで必死に闘っていた。

ずっと心臓がばくばく高鳴ってやまない。身体全部が心臓になったみたいだ。全身に血が巡って身体が熱い。ぽかぽかというより、ぼう、とする。身体がふわふわしてる。返事も疎らなオレに、達海さんが不思議そうに顔を覗き込む。

「あれ…椿、熱ある?」
「……?」
「やっぱり…少しあるね」

ひたり、と冷たい達海さんの手が額に触れて、それから首に降りてゆく。返事も虚ろにそれをぼんやりと眺めていると、おもむろに達海さんがオレにアイスを握らせて部屋を出ていった。「まってて」

ぐるぐるぽかぽか、頭のなかはあの文面でいっぱいだった。形容しがたい気持ちが、次々に溢れていく。なんだろう、なんだろ…、

「ほら、」
「…うぁっ、んん…!?」

突然、額が跳ねるほど冷たくなって、鳥肌が立った。なにごとかと思ったけど、身体が重くて、動けない。代わりにかろうじて目を開く。いつの間にか達海さんが戻って来ていたみたいだ。

「あ、もしかして寝てた?」

熱冷ましのシートのフィルムを持て余しながら、達海さんはオレがかろうじて離さなかったアイス棒を受けとる。ただ、溶けたアイスで左手がべたべたに濡れていた。達海さんがアイスといっしょくたに指をぺろりと舐めあげる。くすぐったい。

「知恵熱かなあ…」

指をぐしぐし拭いながら、顔を覗き込む。心配そうな顔。でもちょっと、困り顔。達海さんはオレを抱き上げてベッドへと押し上げた。

「…幸せそうなかお。真っ赤なくせにね」
「…しあわせ、ですか?」
「うん。何だろうねー」

達海さんが、側の机にスポーツ飲料のペットボトルを置く。とぷん、と中身が揺れるのを眺めていた。くしゃりとオレの頭を撫で、汗ばむ前髪を払いながら達海さんはふふ、と笑う。

「良いことあった?」
「『いいこと』…」
「何があったのかなー」

達海さんはオレにタオルケットを掛けながら鼻歌を小さくうたっている。うれしい、たのしい…あ、この歌知ってますよ。
そうして、目からうろこ、と言うんだろうか。ほろりと涙が出て、止まらなくなった。そうだ。そうだ。いま、嬉しいんだ、オレ。

「…監督、」
「うん?」
「オレ、サッカー選手なんですね」
「そーだよー」
「…今日、朝、メールが来たんです。小学生のときの友達から…」



Time 00/00/00 06:17
From
Sub Re:久しぶり
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おはよう
コンビニでサッカーの雑誌
見かけたんだ
大ちゃんの記事があってさ
びっくりした
思わずメールしなきゃって
思ったんだけど…
朝早くにごめんな
にしてもすげえな大ちゃん
サッカー選手なんだな
凄く格好いいよ
これからも応援する
皆に自慢していい?



また皆でサッカーしたいな
がんばれ

ーーーーENDーーーー



彼は大学生だった。遠い町で生活をしている学生。同級生なんだなぁ、と思った。数年前はオレも、進学だって考えていたんだ、確かに。不思議だった。オレはサッカー選手になったんだ。ずっと、ずっと夢見ていた憧れの場所にいるんだ、オレ。

離れていてもみんな繋がっていられるように

そう思ってここまできたんだ。よかった。報われたような気がした。うれしい。しあわせだ。ふわふわする。夢みたいだ。今更なんだけど、思い知らされた。プロになったときも、ETUのスタメンになったときも、雑誌に載ったときも現実味が湧かなかった。現状維持に精一杯で、それどころじゃなかった。だからかな、あのメールが届いたとき、肩の力が抜けた気がした。ほっとした。

「椿はしあわせなんだね」
「うス」
「強くなれるよ。もっともっと。椿にはそういう力があるから。見てくれる人はきっと、そんな頑張り屋さんの椿から感化されるものがあるんだろうね」

達海さんはしばらく考えた後、ああ、と手を打って、照れたように笑って言った。

「俺はね…、テレビ画面の向こうで自分がプレーしてるの観たときだったよ」
「…監督もですか?」
「そ。自覚したのはプロになってずっと後だった。ああ、俺サッカー選手になったんだなー、ってようやく思えたよ」
「…へへ」
「椿にとっては今日だったんだね。気持ちとか、パンクしたのかな」

その気持ちを、忘れちゃいけないよ。達海さんは、そう言ってオレを抱きしめる。しあわせを少しおすそ分けしてね、と後付けして。達海さんからほんのりとソーダの匂いがした。懐かしいような、寂しいような優しい匂い。そのまま達海さんらしい匂いだなぁ、と思う。喜びを噛みしめるためには、誰かと共有するのが一番なんだと気がつく。それが達海さんでよかった。
胸いっぱいに吸い込んだ甘い香りに、ふわりと懐かしい記憶がよみがえっては引いてゆく。青い色をした細波みたいに。それだけで生きてゆけるような気がした。それほどにだいすきだったから。











『おーい休憩だ、皆!差し入れ持ってきたぞー!』
『やった!ありがとせんせー』
『ちょっと、校長先生、一応これ授業なんですけど!』
『いいんだよ、固いこと言うんじゃあない。今子供ら全員いるんだろ?皆にやれば問題ないしな!』
『大ちゃん、こうちょーせんせがアイスくれたよー』
『おーい大介、いつまでボール蹴ってんだぁ?アイス食われちまうぞー』
『…!いま行くー!』



―また皆でサッカーしたいな


「椿アイス食べる?」
「…うス」



―がんばれ、大ちゃん







Time 00/00/00 09:07
From
Sub Re2:久しぶりだね
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ありがとう

また皆でサッカーしたいね

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