言葉の代わりにありったけの、




椿くんがすきだよ、と言われた。うれしい。それでもってオレもまた、すきだった。だからこうやっていっしょにいるんだと、思う。オレはそう思っている。

おそらくそのとき以来だ。永らくオレは持田さんの口からすき、って言葉を聞かない。たった一度きり。一度きりの言葉でオレと持田さんとの関係は、ぎりぎり平常を保っていた。
こんなこと気にしているのはいささか女々しいと自分でも思う。だから口に出さない。オレは男で、持田さんも男。ふつうじゃないのは承知しているつもり。ただ、ときどきホントに持田さんとオレは恋人同士なんだったっけ、とは考える。

「今日椿くんなんか全体的に怒ってるっぽい」
「…そう見えますか」
「うん。なんで?」

悪く言えば『恋人』らしくない。過剰なスキンシップが増えただけのような。
不安になったって仕方無いじゃないか。あれ、もしかしてまたいつもみたいに、からかわれただけだったのかな。椿くんおもしれー、って。すきとかうける、って。ええ、やだな。

持田さんの考えてることはぜんぜん読めないしわからない。それはいまでもおなじ。進歩もしない。今まさに一緒に居るわけだけど、それでうまく意志疎通できるようになったのかと問われても、難しい答えだった。

持田さんは、なんにも言わないで抱きしめてきたり、キスをしたりする。ほんとになんにも言ってくれない。オレばかりがあわあわしてる。持田さんはただ、笑ってるばかり。
それに電話で、おいでよ、なんて誘われたら期待するのが普通なんじゃないのかな。オレだって男だ。
これは恋人同士のすることだと思っているし、純粋に嬉しい。だけど、どうしてもオレは『言葉』が欲しかった。この関係を、証明して、安心させてくれるための。
すき、でも、愛してる、でも、会いたい、でも何でもいい。オレを好いていてくれる言葉なら、いっそ何でも良かった。欲しかった。

(…我が儘だ、こんなの)

あ、そう言えばこの前はヒヤシンスの球根を貰った。呼び出されて早々、手渡しに。はい、どうぞ。と。それだけ。
其れが果たして好意からなのか、はたまた嫌がらせなのか。正直どうしたらいいのかさっぱり分からなかったけど、とりあえず本で調べて今育てている。あれも、もしかしたらからかわれただけだったりして。あ、なんかそんな気がしてきた。
だめだ。何を考えてもネガティブになる。

オレはというと、ほんとに持田さんのことがすきだった。だから期待とか、してしまう。最初からそんな気がなくて、友達として見られていたとするとオレはそうとうおめでたい奴じゃないか。もしそれだったらそうとうヘコむなあ。

「…じゃあ当ててみてください」
「あ、やっぱり怒ってるー!」

持田さんはけらけら笑いながらオレの隣に座った。横からぎゅ、と抱きしめてキスをした。スキンシップ過多にもほどがあるんじゃないですか持田さん。頬があつい。泣きそう。からかわないでほしい。いらない期待をするのはオレばっかりじゃないですか。
泣いても何にも解決なんかしないのは分かってる。なのに、涙が溢れて仕方無い。気持ちのベクトルはマイナス方向に向かっていく。

「俺、王様だからなんでもきいてあげる。言って、椿くん」
「…持田さんは変です。なんにも言わないのにこうやってキスしたりぎゅってしたり、恋人みたいに…」
「は?」
「オレ、そんなふうにされたら期待してしまいますよ、」
「…あっ、そ」

持田さんは突然、俺を押し倒してのしかかる。呆気にとられる俺にキスをして、それで、

「も、持田さん…?」
「うん」
「何してるんですかっ」
「わかんない?」

わざとらしく耳元に寄って、あくまでも惚けたように口を開く。「既成事実作ろうかなって」「…は?」

「こ、こんなことしたら本当に、ほんとにっ…!」
「なに」
「元に、戻れなくなりますよ…」

顔を覆った腕を引き剥がされて、ぐちゃぐちゃに濡れた顔を見られてしまって、恥ずかしさとか、惨めさでまた涙が溢れた。
「元」に?一体なにに戻るというのか。友達?知り合い?違う、ただ恋人なんだと思いたいだけなんです。今、いらないカマかけた。酷い奴、最低だオレ。持田さんの口から聞きたいがために。

「…椿くん、」
「…っ、」
「何で?」
「な、『なんで』…?」
「俺と椿くんは恋人同士だと思ってたんだけどな」

持田さんがこれ以上無いような悲しい顔をして、オレの額にキスをした。
恋人、の文字といっしょ。いちばん聞きたくて、聞きたくなかった形で。

「もしかして、違った?」

ふい、と離れていく温もりにぞっとした。違う、そうじゃない!そうじゃないんです!
しまった、と思ってとっさに掴んだ腕を引き寄せて、キスをした。唇に、ぶつかるような乱暴なキス。がち、と歯にぶつかって、唇の端が切れた気がしたけど、気にしている場合じゃない。
持田さんが驚いたように顔をあげて、ふふ、と笑った。

「良いように解釈するけどね」
「ごめんなさ、」
「ちゃんと聞くから、教えてほしいな」
「……」
「言葉でないとさ、分からないこともあるから」
「…っ、それは…!」

持田さんも、同じじゃないですか。
持田さんは、しゃくりあげながら話すオレの話を黙って最後まで聞いてくれる。支離滅裂な言葉のひとつひとつに相づちを打って、ぎゅ、とオレの身体を抱きしめてくれて、それでなんだか安心してしまった。ごめんね、俺も悪かった。と言って。子供みたいだ、オレ。ぐずって駄々をこねて、親を困らせる子供。恥ずかしいな。
ひととおり堰を切ったように喋り続ける。にんまりと笑う持田さんが目に入って、ようやく我に返った。

「…ヒヤシンスね、綺麗だったんだ」
「…え?」
「だから椿くんにあげたの。育ててほしいと思ったから」
「あ、えっと…」
「それだけだよ」

考えすぎると、人間は臆病になるんだって。誰かが言ってた。…俺ねえ、椿くんも相当変だと思ってる。

持田さんはおしまいに、頭を掻きながら、そう言った。

「椿くん、俺が好きだからって、いっぱい考えてくれてたんだねぇ…」
「ごめんなさい、」
「俺もね、十分悪かった」

オレの唇の端をそっと拭いながら、持田さんは呟く。びっくりしたのは、持田さんの耳が真っ赤で、それに比例したみたいに身体が熱かったからだ。



「…でもさ、俺が超口下手の照れ屋さんだってのは、考えてくれなかった?」



あの日君に一世一代の告白をしたんだよ、

『椿くんがすきだよ、』

たった一行伝えるのにどんなに勇気が必要か、どんな思いで言ったか、君は知ってる?


少しふてくされたように持田さんはそう呟いて、顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまった。
ああうれしい。しあわせだ。かわいい。持田さんが照れてる。かわいい!なきそうだ。だいすき。いろんなものが込み上げてきてたまらないオレに、持田さんは最後の一撃を与えてくれる。



「…すきだよ、椿くん」



(そんな貴方に一辺倒)






「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -