アルコールと愛情指数




自分でも気がつかないうちに、おぼつかないなりにリズムを刻んでいる。あ、やばい、そうとう酔ってる。少し後ろをしっかりとした足取りで歩いている、オレのだいすきなひと。振り向っては声をかけてみる。

「ちゃんとついてきてますかー」

達海さんはさも楽しそうに、ちゃんといるよ、と手を挙げた。お酒の力とはじつに偉大だ。オレ、なんか今とんでもないことしてないか。
振り向くたびに、達海さんはちゃんとそこにいてくれた。あたりまえだ。オレがついてきてなんて、言ったから。帰る場所はクラブハウスなのに。

「まいごになっちゃ、だめですよ」
「はいはい」

チューハイを2杯。それからはなんだか記憶があいまいで、ビールや焼酎にも手を出したと思う。だめだとは思ったけど、とうとう止められなかった。達海さんが、かえろうなんて言うから、ようやく手を止めて、渋々店を出る。

監督、クラブハウスに泊めてくれるんですか。オレの言葉に達海さんは暫く考えてから、いいよ、と言った。外はちらちらと雪が舞っていた。

「ゆきが、きれいですねえ」
「そうだねえ」

あはは、なんてわけもなく笑ってみる。そうすると体の中がぽかぽかしてくる。訳もなく楽しくなってしまって、歌までするりと口からでてきた。歌、といってもオレは、なんにも知らない。だから、ETUの応援歌。気分はサポーター。ガンバレ、オレ。負けるな、ETU。もう、達海さんが隠しもせずに噴き出して笑っていた。

「椿が歌うたってるぅ」

達海さんが、感慨深げにそんなことをいう。オレはもう嬉しくなって、達海さんの手を握った。達海さんの手は、つめたい。

「風邪引くと、いけませんよ」
「んー?」

自分のポケットに、達海さんの手を招き入れた。前に、同じことをオレにしてくれたから、そのマネ。しっかりと、指なんかをからめたりしてみる。達海さんは、すげえなあ、と呟いている。

「椿、大胆だねぇ」
「ウッス」
「椿の二面性っておとこまえなんだ」
「そうです、知りませんでしたか」

達海さんはにやにやしてる。オレも自信満々に返事をした。なに言ってんだオレ!偉そうに監督に向かって!

「椿の明日の第一声はなにかなー」
「すき、ですよ。すきって言います絶対」
「おおー約束だかんなー」

違うだろオレ!まずは謝らなきゃ。この無礼をなんとか詫びなければ。それでも、今だけはオレだって男だから後に引きません。お酒の力借りてますけど。これもみんな、アルコールのせいですよ。奥手だねえなんて言うから、ちょっと頑張ってみたんです。

「かんとく!」
「なあにー」
「オレ、監督がだいすきです」
「うん、そうだね」
「ほんとっス!…オレ、本気で監督を幸せにできます!!それくらい達海さんのこと愛してますよ」
「…大介も言うようになったねぇ」

酔っ払い相手の達海さんは、のらりくらりと言葉をかわす。手応えのない反応に煮え切らないような不安感ばかりがつのってゆく。放つ言葉は手当たり次第だけど、ぜんぶほんとの気持ちだった。それでも伝わらないというなら、全て自分の所為だ。お酒の力でしか思いをはっきり伝えられないなんて最低だとわかってる。なさけない。だけど、言えなきゃ達海さんにも伝わらないと思った。いつもオレに言ってくれる大切な言葉も、気持ちも、全部。


「たつみさん、オレ、ほんと…!」
「…大介、」
「っ、はい!」
「俺はさ、大介に頑張ってほしいなんて思ったことないよ」


ひやりとした言葉に、心臓とお腹の中がしんと冷めた。あ、ちがう。そう思ったときには、もう遅かった。達海さんは笑っていた。でもすごく、かなしそう。ああどうしよう。達海さんに、喜んで欲しかっただけなのに。


「かえろう、椿」


(オレは達海さんを、傷つけてしまった)






目蓋に何か触れた感覚で目が覚めた。そっと目を開くとそこに、達海さんの姿があった。ぼんやりと、焦点の合わない目で達海さんの陰を追う。達海さんが、ふわりとオレの髪を撫でた。

「おはよ、椿」
「…あ、」
「けっこう呑んでたねえ、昨日。覚えてないでしょ」

達海さんは苦笑いを浮かべて、机の上のペットボトルに手を伸ばした。ミネラルウォーターのボトルを、達海さんがオレの額に押し当てる。つめたい。

「あ、二日酔いとか椿はしない方だっけ?がんがん呑めるのは若さの特権かねえ。それとも体質なの」

手で自らを扇ぎながら、どこか自傷気味に達海さんが呟く。気怠げな様子でもって天井を仰いでいた。そんな後ろ姿が無性に悲しくて、泣きたくなった。でも、オレが泣いちゃいけない。

「…た、つみさ、」
「んー?」
「…すきです、達海さん」
「……あー…」

ほんの一瞬だけこちらに視線をくれたあと、達海さんはまた背を向ける。伝わらなかった、と思うとあ、やばい、泣きそう。でもだめ。自分と格闘してるオレを知ってか知らずか、達海さんが沈黙を破った。

「…椿はさ、照れくさくて言えないことも俺に対する好意を態度でちゃんとしめしてくれるじゃんか。だから俺もそれでいいやって思ってたんだ。…ホラ、昨日酔いに任せてすきだって言ってくれたけど、そういう気持ちも、もうちゃあんと伝わってるんだよって思った。でもお前酔ってるし、ほんとかななんて疑ったりしたんだ。少しだけ。…でもね、」

くるりと振り返った達海さんが、オレとおんなしくらい泣きそうな顔で笑った。情けない顔をしてるオレの姿が、達海さんを通してわかってしまう。

「…素面の大介に言われたらたまんないね」

そう言ってぎゅう、と達海さんの腕がまわってきて、半べそのオレをつかまえた。なんとか堪えていた涙腺が、いとも簡単に緩んでしまう。なんですぐ、オレのこと許してしまうんですか。こら椿、って試合のときみたいに叱ってもくれない。オレ、達海さんのやさしさに生かされてるんだと思う。そうしてそれは、オレのしらない達海さんのまほうなんだろう。すごく、ずるい。

「覚えてたんだねえ、昨日のこと」
「言わなきゃって思ってて…ごめんなさい、達海さん…」
「謝んなくていーよ。俺、嬉しかったよ」
「でもっ、」
「昨日言ってくれた言葉は、嘘じゃないでしょ?だから嬉しいの、俺は」

達海さんだってかなしい、つらいってオレに言ってほしいです。じゃないとオレ、達海さんのやさしさに甘えて押し潰してしまいそう。何でも言ってほしい。いやなとことか、なおしてほしいところでもいい。それはこいびととしての、お願いなんです。

「俺、いちおう椿よりとしうえ。だからさ、カッコつける為にもおとなの振る舞いがしたいんだけどな。」

達海さんは困ったように頭をかいて言う。

「じゃあひとつだけ、きいて」











「俺、大介の口からもいっかい、すきって聞きたいな」






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