ユメクイ



「俺、椿くんの夢まで食っちゃうね」


なにが始まりでなにがスイッチだったのかわからない。覚えていない、というほうがたぶん正しい気がする。ソファに押し倒されて、キスから始まって、そう、何を思ったのか、持田さんはオレの足に噛みついた。
持田さんは遠慮なくがぶがぶと、オレの膝をはんでいる。それがお気に召したのか、長いことやめないままだった。自分のお腹の向こうで、自分のあしがてらてらと光ってるのが見える。
十分な時間、膝に歯を立て続けて飽きたのか、持田さんは不意に顔をあげた。膝はものの見事に歯形まみれになっていた。痛そう。自分の体なのに。

「椿くんのひざまっずい。毒でも盛ったの」
「まさか、」

オレにはそんなの、身に覚えはない。首を横に振るとあからさまに不機嫌な顔をする。どうしよう、って思案している間も、持田さんがべろりと舌舐めずりしてるのが視界の隅に入ってきて、乏しい最後の思考力も霧散してゆく。

「俺消化不良になっちゃうよ」

そういって持田さんはオレにのしかかってくる。そんなの気にしてないって顔して。真っ暗なわりに持田さんの顔はよく見えた。生産性のない行為をくりかえすたびに見た顔だった。それはちょっとだけの優越感。持田さんはあったかいと思う。それを知ってるのはオレだけ。あ、これが独占欲ってやつか。
がぶりと次にかみついたのは首。唇でかまれるからくすぐったい。身をよじると持田さんはさらにかんでくる。それを思い出してなるべく動かないようにつとめた。そうすると代わりに、喉の奥から変な声が漏れた。はずかしくてたまらないから息をとめる。持田さんが満足するまでひたすら耐える。

「何秒もつのそれ」

持田さんがけらけら笑ってオレの鎖骨にキスをした。持田さんの髪の毛がくすぐったい。それがつむった目蓋を刺激する。だめ、笑っちゃいそう。執拗に首周りにキスを落とされて、たまらない。やだ、っておもわずはきだしてしまう。変なタイミングで涙がじわりとあふれた。

「あはは椿くんゲームオーバー早すぎる」
「っちが、」

持田さんがべろりと涙を舐めとった。その跡はやけに早く乾いていく。じりじりとつのる焦燥感と戦っているうちに、持田さんが枕元から小さい容器を取り出して片手で蓋を開けていた。その蓋が小さい弧を描いて視界の向こうに消えていくのをじっと眺めていた。

「だいすけ、」
「はい、」
「大介は1年後なにしてるかな」
「…な、にって…」
「じゃあ2年後は?代表とかに選ばれちゃうの?」
「わかんない…です、」
「選ばれたいとは思うでしょ」
「それは、あ…、だっておれも、サッカーせんしゅです、し」
「……俺はどうかなあ、にねんご」

べたべたと体に冷たい液体が塗りつけられていく感覚。あんまりオレ、この感触はすきになれない。この作業中持田さんがいつも以上に話しかけてくる。オレが喋れなくなってくのがすき、と持田さんは言う。口をおさえようとする手を持田さんは許さない。はいもうおしまい、ってその場でやめられちゃったことがある。オレはまるっきり放置されて、泣くしかなかった。その記憶があるからどうしようもない。結局オレは、やめてほしくないんだと、自覚するわけだ。声は根性で何とか抑える。無理だけど。どっちにしろ泣くしかない。でも、このときの持田さんの手はスゴクすきだった。やさしくて、泣けてきてしまう。

「俺さぁ、大介のことあいしてるんだ」
「…オレも、です」

あ、持田さんのかなしいかお。どうしよう。オレは持田さんと居れてすごくしあわせだと思ってた。でもそれが、一方的だったらなんて思うと胸が苦しくなる。なんでそんなにかなしい顔して笑うんですか、そう訊けたら、苦労なんてしてない。
持田さんがぐっとオレのあしに体重をかけた。みし、と嫌な音が体に響いて耳に届く。持田さんの笑顔が、怖い。

「俺が大介のあし、こわしてやろっかな。そしたら、大介のすきなサッカー、出来なくなっちゃうね。大介の夢も、なにもかも、奪ってやろうか。そのかわり、俺が大事に愛してあげる。ねぇ、どっちがいい?」

みし、みし。容赦なく軋むあし。まって、オレ、走れなくなっちゃう。
どうしよう、どうしよう、そんなんじゃない。ふたつを比べてはいけない。どちらかをとったら、きっとどちらも無くなってしまう。涙が滲んで、持田さんのかおがよく見えない。それがかなしくて、涙腺が緩むのに拍車がかかる。そうすると、持田さんが目蓋の上にキスをした。

「大介、なかないでよ。冗談に、決まってるじゃん」

持田さんは笑ってた。もうこわくない。なのにかなしいかお。あしが不意に軽くなった。

「サッカーできない俺を、大介は愛してくれるでしょ。だから、これでいーや」

ちがう、違うんです。オレ、持田さんのこと、だいすきなんです。あなたが、すき。サッカーとか、そんなんじゃない。それに、あなたがサッカーをそんな簡単に諦められないことくらい、オレ知ってますよ。誰よりも執着していたこと、知らないわけがない。だから、そんなこと言わないで。
嗚咽をからめとるのは持田さんの舌。少ししょっぱい。持田さんの代わりに、オレが泣くなんてさせてはくれない。それは、持田さんの為なんだと、最近気がついた。持田さんは、オレになにも言ってくれない。
あれ、もしかしなくてもオレが、オレが傍にいるから、持田さんに悲しい気持ちにさせてるんじゃないか。そうだとしたらオレ、ほんとは、「大介、」



「くだらないこと考えてたら、ゆるさないから」



持田さんはやさしい。ずるい。
朝起きるときにはきっと、何事も無かったように言葉を交わす。おはよう、椿くん、って。それでオレも、おはようございます、って起きる。いつもの習慣。それをいつも期待してる。かわらない習慣を、求めてる。なんにもなかったふりをするのが得意になっていく。

「…オレ、持田さんのことしか、かんがえられませんよ」
「ん、よろしい」

いつもひどくあいされて、ゆめもみれないまま、どろのようにねむりにつく。そうして次の日にまた持田さんが、オレのことすきだって言ってくれる「いつも」を待っている。






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