探検クラブ



あめのにおいしますねえ、なんて言い出した時点でへんなのって思ってた。さすがいなかのこ。アレ、これって偏見なの。

「椿くんってアレだよね。ほら、天然?」
「…えー」
「テレビで見た。森ガールってやつ。あれの椿くんバージョン」

もくもくとガラステーブルの上を占領していく椿くんの荷物。リュックからは魔法のように次々と出てくる。服とかならわかるけど、懐中電灯がちらり。あとはなぜか、かわいらしいキャンドルとかビニールシートが見えた。そして、ひたすら箱。なにする気だろう。ぜいたく言うなら食べれるものを持ってきてくれたらよかったのにな。冷蔵庫の中いま空っぽなんだけど。



その日は朝から、テレビ画面の中の女子アナが、高いこえで台風が上陸します、と訴えていた。すでに雨がひどいから機嫌悪かったのに、更なる追い討ち。だいすきなサッカーもできない。
大型ですのでお出かけの際はお気を付けください、って、誰がこの台風の中出かけるんだろうね。みんなして仕事なんか休んじゃえばいいんだ。臨時、国民の祝日。日本人は働きすぎだ、って、シャリッチも言ってた。

『椿くんいまどこ?』

暇で仕方なかったから、椿くんに気まぐれメールを打ってみた。メールの予想変換は「つ」って打つとまっさきに「椿くん」って出るからべんり。でもってうれしい。十分足らずで返事は返ってくる。

『寮です。台風、直撃みたいですね』

なぜかジブリのアニメキャラが葉っぱの傘をさしてる絵文字がくっついてきた。ちょっと楽しそう。踊ってる。あはは、もしかしてソレで台風しのげるなんて思ってるの。

『暇。しぬほどたいくつしてる』

ちょっとの間でもメールの相手になって、ってつもりで返事した。驚く早さで携帯のバイブが鳴る。もちろん相手は椿くん。

『持田さん、雨戸は閉めました?』

なにこれ。会話が成立してないじゃん。椿くんってこんなに話しにくいこだったかな。しぶしぶ、閉めた、ってメールを打つ。するとすぐにメール受信画面が光った。

『待っててください。今持田さんのマンションいきます』

「…ばか?」

閉めたって言ってんのに!のこのこ台風のなか来るなんてスポーツ選手として考えらんない。思わず椿くんに電話すると、のんびりした声の椿くんが聞こえてくる。

「持田さん?」
「きちゃだめでしょ。なにやってんの」
「準備中です。えっと大丈夫っス、まだ雨なんで、風が強くなる前に行きます」
「椿くんてそんな行動力あったっけ?」
「ちょっとだけ待っててくださいね」
「ねえお願いだから怪我だけはしないでね」

きみを突き動かす原動力についてはよくわからないけど、それがすべて俺のためだったらさいこーに忠犬。椿くんてきっと駅前で主人のことずっと待ってるタイプだね。ときどき予想外のことするけど、それがぜんぶ本気だったりするからこっちとしては反応に困る。よかれと思ってるとことかさ。

雨の音がする。窓越しにでもよく聞こえてくる。それでもイライラが消えたのは椿くんが来る、なんて言ったからだ、きっと。来るまでにどのくらいかかるかな。来るなら早く来てほしいな。台風が通り過ぎるまで部屋に引きこもってゆっくりしよう。
椿くんに淹れてもらうつもりで出したコーヒーセット一式と、マグカップをテーブルにセッティングしていたときだった。インターホンが鳴ってすぐ、あ、椿くんだと思った。
電話から30分のことだった。いつも俺が呼び出すのと同じ所有時間。むしろいつもより早いぐらいだったから、それだけで愛しくなっちゃう。椿ッス、って声がした。
扉の外にいたのは、童謡にでてきそうな恰好をした椿くんだった。

「こんにちは、持田さん」

さわやかにあいさつをする椿くんの背中には大きな荷物。ポンチョのレインコートを着て、おしゃれなブーツをはいたハタチの妖精。第一印象はそんなかんじ。これから旅にでます、みたいな。手には未使用の濡れた赤い傘。一瞬自分の目を疑ったけど、やっぱり椿くんだった。

「がんばって、濡れないように走ってきたっス!」

前髪から水を滴らせながらにっこり笑うもんだから、こらえきれなくなって、盛大に噴き出してやった。椿くんは困ったように首をかしげる。

「あははは!椿くんてすげえ!!まじ感動した」
「…えっ、と?」
「そんなカッコで来てくれるなんて予想外すぎる!」
「オレ、持田さんのお部屋濡らしちゃまずいと思って…」
「うんうん、俺すげーあいされてる」
「え?」
「そんなかわいいカッコすんのは俺の部屋の中だけにしてね」
「えっ…!」

いまさら顔を真っ赤にする椿くん。バスタオルをほおり投げてやると、いそいそとコートを脱ぎ始めた。タオルに顔をうずめながらおずおず部屋に入ってきて、ばつが悪そうに隅に立ちつくしている。なんかもうそれがかわいくてツボに入ったからもう一度笑ってみせると、たちまち泣きそうな顔してにらんできた。ああ、たのしいな。

「電話の向こうのイケイケ椿くんはどこ行っちゃったの」
「……わ、忘れてください!」
「ねえ、その荷物なに」
「ええっと、それは、持田さんが暇だって言ったので、」
「うん言った」
「オレが、小さい頃から台風のときにしてた遊びの、道具です」

暇つぶしになればと思って、だって!
つまり俺のこと喜ばせようとしてくれてんの。こんな台風の中わざわざ走ってきて!

「大介ちょ―好きー」
「わあ!」

思いのほか汗だくな椿くんの体を抱きしめる。ああそうか、走ってきたんだもんねえ、しかもレインコート着て。背中のはおそらく遠征用のリュックだ。重そう。このまえ見た気がする。ソレを俺んち来るのに使っちゃうんだ。

「も、もしかしたらお気に召さないかもしれませ、」
「ねえなんでかしこまっちゃうのー?」
「だ、だって」
「ねー椿くん、」



「その中身見せてよ」



そして、ようやく冒頭に戻る。
机の上に並べられていくのは想像してたのとは違うものばかり。椿くんと目が合うと、困ったような顔をされた。椿くんの手には、ロープ紐とビニールシート。

「プレゼンしてくんないとわかんないから」

俺がそういうと、黙ったままだった椿くんは照れたように小さく頷いた。

「あの、台風のとき、雨戸閉めますよね。それで、オレんち、昼までも真っ暗になるんで、それが楽しくてやってたんですけど、…こう、部屋にテント建てて秘密基地みたいにするんス」
「どうやって?」
「あ、いや、立派なものではないんですけど、ロープを渡してシートをかけるだけっス」
「いいじゃんやろうよ」

俺は椿くんとなら何だって楽しいし、椿くんがそうやって俺のために頑張ってくれんのがすき。だけど椿くんはきょろきょろと部屋を見回してから、申し訳なさそうな顔をするだけで、一向に動かない。何かと思えば、ロープを張る場所を探していたのだそう。

「あの、持田さんの部屋が大きすぎて…。予想外だったんです、」
「じゃあ寝室にでも張る?あっちはそんなに広くないよ」
「うっす!」

椿くん曰く、部屋は電気をつけないで真っ暗。テント内に毛布を敷いて寝っ転がって、ラジオをつける。テントの外に家庭用プラネタリウムを点けて完成。それだけで探検家みたいになれるんだって。あとはただひたすら寝そべってるだけ。時間に忙しい日本人みんな椿くんを見習えばいいと思う。こういうゆとりの時間って大事だなあ、なんて、ぼんやり思った。みそは、時計を置かないことなんだって。

「DVD観れるちっちゃいデッキも、あと、ちょっと行儀悪いですけどプチチョコレートファウンテンも持ってきてます」

椿くんが暗闇の中でにやりと笑った。まるで未来の猫型ロボみたい。外で風と雨の音が聞こえる。ラジオからは知らない曲が流れてきていた。あったかい。このまま寝れそう。椿くんてば俺が台風でイライラしていたときにこんなぜいたくしてたなんて。

「やる。ぜんぶやりたい」

椿くんに渡されたトランシーバーで返事をした。隣にいるんだから意味はあんまりない。けど、探検家っぽいね。なんでこんなの持ってたのか訊いたら、どうやら小さいときに叔父さんにクリスマスに貰ったのだそう。すげえ。
その代わり、椿くんが隊長ね。現場をぜんぶ仕切るの。で、俺は今日だけ王様臨時休業して、副隊長にでもなってあげる。

ねえしってる椿くん。副隊長ってね、役職のなかでも一番暇なんだよ。だから、隊長のきみがいっぱい俺の相手してね。






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