当機は着陸時間を延長予定です。
(アテンションプリーズ、アテンションプリーズ!)
「こちら、東東京航空ホノルル行き第707便を操縦いたします、機長の達海です。本日はご搭乗誠にありがとうございます。皆様のご旅行のひとときを、目的地までではありますがご一緒させていただきけることを大変よろこばしく感じております。私どもパイロット一同、お客様に快適な空の旅を提供できますよう安全運転を致します。すばらしい空の旅をお過ごしください。さて、共に私どもの運転を補助をいたす副機長の椿より、皆様にご挨拶申し上げます」
「ふ、副機長の椿です。みなさま、本日はご搭乗誠にありがとうございます。安全で快適な空の旅になりますよう、私どもは誠心誠意を尽くし、無事に皆様を目的地へとお連れすることを約束致します。短い間ですが、思い出の一ページとなる空の旅、どうぞお楽しみください」
達海さんは楽しそうにパンフレットをめくりながら、次の目的地を選んでいる。足元に並べたパンフレットの山から、二人で今日の予定を綿密にたてた。達海さんはオレに、今回は椿の好きなとこ行っていいよ、と言ってくれた。だから、昨日テレビで見た国をたくさん選んだ。七泊八日。ホノルルに行ったらまず海に行って、それから散歩したい。また飛行機乗って、今度はヨーロッパに行きたいなあ。
「つばきー、やっぱり副機長から挨拶すべきだったって」
「ええ!?でも、緊張するじゃないですか」
「じゃあ次から椿機長ね」
「むむむ無理です!それは監督でないと…」
ドイツと軽井沢のパンフレットを握りしめて、達海さんがあははと笑う。達海さん、もしかして一度に行くんですか。荷物が多くなりますよ。あ、でも必需品なんて現地で買えばいいですよね。軽井沢は夏がいいのかなぁ。避暑地ってイメージありますよね。
「着いたら砂浜で棒取りゲームでもしよう」
達海さんはお気に召したのか、軽井沢や鎌倉、乗鞍に倉敷といったラインナップを並べ始めていた。じゃあオレも、次は国内にしようかなあ。達海機長の英語スピーチ聞けないのは、もったいないけど。今度やっぱり教えてもらおうかなぁ。
「フットボールの聖地はあらかた攻めたからさ、今度は慰安旅行にしよっかなー」
「日本はやっぱりほっとしますね」
「椿君は英語喋れないからねえ」
「しっ、仕方ないじゃないですか!」
足元に散らばるのは旅行パンフレット。手作りの予定表と、手作りのパスポート。これだけあれば、二人でどこにだって行ける。
「その次はね、俺、塩湖行きたいな。ほら、ボリビアの」
「あ!あそこ、すごくきれいなんですよね」
「二人で写真撮りたい」
集合場所は達海さんの部屋。出発時間は二人でいるとき。達海さんが、カントクギョウの合間をぬってくれたとき。ほんの一時間でも、三十分でも、世界中を旅できる。
きっかけは忘れてしまった。たまたま持ってた新聞の旅行案内欄だったかもしれないし、パンフレットだったかもしれない。一緒に行けたらたのしいですね、なんて言ったはず。実際には行けない旅の計画をたてているうちに、いつの間にか旅行に出かけるようになっていた。
「当機は着陸態勢にはいります」
「管制塔応答願いまーす」
一人何役って、全部自分たちで役割を決めて、役になりきって紙の上を旅するだけ。オレは旅行するのもだけど、副機長の役もすきだ。達海さんが機長するのがかっこいいからっていう不純な動機のため。
お土産なんてない。一枚たりとも写真なんて残ってないのに。これで十分だなんて、オレ、本当の幸せ者なのかもしれないなぁ。達海さんが楽しそうにしてくれたら、それだけでオレ、すごく幸せだ。
パンフレットと時計を交互に見比べていた達海さんが少し考えてから、立ち上がった。
「機内食タイムだ、椿。ハラ減った」
「もうそんな時間ですか」
「昼メシの時間だ。コンビニ行こ」
「今、着陸態勢とりませんでしたっけ」
「いーのいーの。旅の醍醐味。ちょっとの間、迂回してもらおうか」