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↓下記からお礼文を(達椿です)










『しあわせのかたち』


爪を切りたいと言い出したのはオレだった。
爪を切らせてと言い出したのは達海さんだった。

監督にそんなことをさせられないと断ったけど、達海さんは頑なにそれを拒否した。
いやならべつだけど。そんなこと言われて断れるはずもない。ずるい。折れたのはオレだった。
医務室で借りた爪切りはぴかぴかで、達海さんが手にした途端に特別な道具に変わったように見えた。
伸びすぎた爪は怪我の原因になるのでこまめに切りましょうと、まるで学校の先生みたいに、達海さんは右手の小指の爪から順に切ってゆく。向かい合わせでは切りづらいらしくて、オレは今、達海さんの膝の間でじっと終わるのを待っていた。

「夫婦みたいですね」

そうオレが言うと、

「どちらかといえば親子だよ」

と達海さんは笑った。なんだか無性に嬉しくなって、そわそわしながら達海さんの手元を眺めていた。
順調に見えた爪切りが、ぴたりと止まったのは親指の爪に差し掛かったところでだった。

達海さんが、ああ、とため息のような声を漏らしたので、オレは達海さんが疲れてしまったのだと思った。ここからは自分で、と爪切りを受け取ろうとした手を、達海さんの手がやんわりと拒んだ。

「そうじゃないんだけどね、」

達海さんはそう言って、そっとオレの手を取る。まるでたからものでも扱うかのような手付きに、思わずオレもしゃんと背筋が伸びた。

「親指の爪は丈夫だからさ、爪切りにぐっと力を入れるわけ。そうしたらなんだか急に、椿の指、間違って傷付けちゃったらどうしようって、怖くなった」
「そんなこと…、」
「ないよ。無いんだけど、やっぱり不安になるんだよ。…なんでだろうね」

オレが押し黙ってしまって、また達海さんは黙々と、オレの爪を切り始めた。親指は切らずにとばされたままだった。しばらくしてまた、爪切りの順番が親指に到達してしまう。

「…かみとか、つめとか、自分のものはなんとも思わないのにね。たにんのものだと途端、怖くなっちゃうんだ」
「…オレは」
「ん?」
「オレは切ってもらうとき、怖くありません。むしろほっとします」
「…たぶんそれが、親子っぽさだよね」

恋人だと、ほら、耳かきとかが定番なんじゃない?
言葉の上では楽しそうだった。覗き見た達海さんの表情は、暗かった。
意を決したように息を吐いて親指の爪を少しずつ切り始めた。

「多分俺、椿に注射しなきゃならなくなったとしたら、なくとおもう」

冗談混じりで達海さんは笑いながらそう言った。泣きそうな顔をしていた。
ねえ椿、痛くない?平気?
表情から読みとれたのは、そんな言葉だった。

オレ、痛くてもがまんしますよ。
そう思ったけど、反対の立場になったら泣くだろうと思った。

「痛くなくても泣けるの。痛そうだから泣けるの。椿の身体に針刺すなんて考えたくないなー。…逆の立場ならそう思わないのにね」

達海さんはすべて見透かしたように俺を抱き締めた。なんだか無性に達海さんがいとおしくて堪らなくなった。いま口を開けたら、笑いだしそうで泣き出しそうだったので、頑張って唇を噛みしめて堪えた。
両腕いっぱいに抱き締めた達海さんが温かい。このまま眠ってしまえたなら幸せなんだろうと思う。
急にずっしりと重くなったオレに気がついた達海さんが、ひとりにするなよと肩を叩く。

「いまお父さんが、でかい子供のために頑張ってんだから」
「…ふふ、」

もしかして、淋しいんですか?と聞くまでもない不安気で不満気な達海さんがかわいくて堪らなかった。今日だけは珍しく優位に立てているような気がして、思わず笑ってしまう。
達海さんも、ばつが悪そうに唇を尖らせていた。

「達海さん、子どもばっかり構ってたら寂しいです」

オレはどう考えても調子に乗っていて、恥ずかしげもなくこんなことが言えてしまったんだ。達海さんも驚いたように目をぱちくりさせていたけど、吹き出したように笑って言った。


「あぁ、椿と家族になりたいなぁ」



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