立海大附属中テニス部。
その部室で向き合う二人がいた。
「今日も調子が良さそうだな」
「無論だ。
他の部員も練習に励んでいた」
「それは良いことだ。
だが無理はさせるな」
「分かっている」
部活も終わり今日の様子を話していると、柳がふと思い出したように言い出した。
「弦一郎、俺達が初めて会った時のことを覚えているか?」
「なんだ薮から棒に……初めて会ったのは体験入部の時だったか?」
「やはり覚えていないか」
「それ以前に会ったことがあったか?」
必死に思い出そうと真田は考えを巡らせた。
しかしなかなか思い出せない。
『真田〜?』
「幸村が呼んでるようだな」
「うむ、でわまた」
柳に別れを告げ、真田は幸村と共に帰路に着いた。
「無理も無い…その時は俺が見かけただけで、話し掛けたりはしなかったからな」
−入学式−
「今日から俺もこの学校の生徒か」
式も終わり、クラス分けも終了し、真田は一人学校の敷地を回っていた。
「それにしても、ここは日当たりが良いな…ふぁっ……俺としたことが、柄にもなく入学式が楽しみで寝不足とはな」
そこは人もまばらで、いるのはほとんどが入学式の手伝いをしていた在校生だった。
「…少しだけなら、構わんだろう」
真田はまどろむ目を擦りながら近くの桜に背を預け腰掛けた。
「桜の下で昼寝とは、贅沢…な、ものだ…」
真田が目を閉じると、風に花びらが舞った。
「中庭か…広いだけではなく、設備等も充実しているな」
柳も先程の真田の様に学校の中を散策していた。
「そういえば、さっき上から見た時は人影が有ったように見えたが…気のせいだったか」
歩みを進めるうちに、柳は桜の向こう側に動めくモノを見つけた。
「誰かいるのか?」
しかし返事はなく、柳は更に近寄った。
今度はしっかりと姿の見える位置に。
「スーッ…」
「眠っているのか…(制服のサイズが合っていない、ということは同じ新入生か)」
柳は起こさぬようそっと近寄り、垂れた髪を避け顔を確認した
「っ!」
サラりと流れる様な黒髪に健康的な肌、鍛えているがしなやかな身体。
「美しいな…」
自分でも驚くほど自然と口に出ていた。
しかしそう思った。
もっと触れたい…しかし、触れてはならない気がした。
触れた瞬間いなくなってしまいそうな感じがしたからだ。
「お前は何者なんだ」
返事など返って来るはずが無いのに、変な期待を寄せてしまう。
そんな時…
「真田〜、真田?」
近くで人を探す声がした。
遠目からでもわかるブルーブラックの髪をふわりとなびかせながら辺りを見渡す人影。
俺はゆっくりとソイツに近付いた。
「! 君、突然すまないんだけど、ちょっと人を探してるんだ。
俺は幸村精市」
「(同じ新入生か)俺は柳蓮二、探し人は真田…と言ったか?」
「あぁ、式のあと学校内を見てくると行ったきり帰って来なくてね」
「そうか…それで、真田とはどのような人物なんだ?」
何も情報が無ければ探しようが無いからな。
「うん、背は俺より高くて短い黒髪で、後…可笑しいと思うかも知れないけど、そこらへんの女の子より美人なんだ」
「短い黒髪の美人…」
身長に関しては目測の位置が位置で確証は持てないが、思い当たるのはアイツしかしなかった。
「俺の思い違いで無ければ、そのような人物が向こうの桜に寄り掛かって眠っていたぞ」
「本当かい!?ありがとう!」
幸村は桜に駆け寄り、その人物を確認した。
同時に浮かんだ笑みで、その人物が真田であることが俺にも理解出来た。幸村はすぐに真田の身体を揺すった。
「真田、真田起きて」
「んっ…ゅき、村?」
「そう俺だよ…まったく…いつまで待っても帰って来ないから心配したよ」
「すっすまない!陽射しが心地好くついウトウトと…」
二人を見ていて正直驚いた。
第一印象だけでの判断はあまり良くは無いが、真田の方がしっかりしている様な気がした。
しかし今の真田を見るかぎり、真田は少しばかり天然な気質が入っているように思える。
「まぁ、お前が無事ならいいよ」
そう言った幸村は、大切な者を見つめる表情をしていた。
もしやと思った時には走り出していた。
いや、逃げ出していた。
「(あ、逃げちゃった…まぁいっか)真田、帰ろうか」
「あぁ。そういえば先程人の気配を感じた気がしたのだが」
「気のせいだよ、誰にも会わなかったし」
「そうか」
「うん(簡単に信じちゃって…可愛いんだから)」
俺は知るよしもなかった…幸村が俺の気持ちに気づいていたことを。
わざと俺に見せ付けていたことを。
「思えばあまりいい出会いではなかったな」
いつ思い出してもあの時の精市は呆れるほどよく出来た奴だった。
すぐさま俺の考えを読み取り、弦一郎と自分の関係を俺に見せ付けた。
『自分のモノ』だと。
とても独占欲の強い奴だった。
「今も変わってはいないがな」
その後の体験入部で初めて弦一郎と言葉を交えた時、改めて自分の気持ちを理解した。
する気も無いが、否定できないほどに強い想いを抱いていた。
初めて耳にした声は少し低めだが、どこか幼さの残る通った声で不思議と耳に残った。
ボールを追う動きにも無駄が無く、凛としていてとても美しかった。
跡部等とは違った意味での気高さを持っていて、その時の弦一郎に魅了された者は俺だけでは無かったはずだ。
それほど弦一郎の存在は大きかった。
「そろそろ帰るとしよう」
ガチャ
「よぅ、参謀が一番遅いとは珍しいのぉ」
「仁王…まだ残っていたのか。
お前は丸井達と帰ったと思っていた」
「いやの、今日はちとお前さんに質問があっての」
「質問?」
コイツの質問は最早答えに近い場合が多々ある。
しかし、俺に『聞かない』という選択肢は選ばせては貰えない。
「質問とは?」
「率直に聞くぜよ…お前さんは、真田が好きじゃな?」
「(やはりか)…隠すつもりは無い。
確かにお前の言う通りだ」
「そうか…で、お前さんは諦めたのか?」
「弦一郎は精市のだからな」
「そう…か……ならそんなお前さんにいいことを教えてやるぜよ」
いいことか…悪いことにしか聞こえない気がするが。
「なんだ」
「俺は真田を好いとぅよ」
「っ!」
「動揺しとるな…でも事実だっちゃ。
誰のモノでも関係ない…それじゃ俺は帰るからの」
それだけ言い残して仁王は去った。
精市と弦一郎の関係も、俺の気持ちも総て知った上での言葉で、あれは、精市から弦一郎を奪うと言う略奪の宣言と、お前には負けんと言う宣戦布告の意味を成していた。
「そういうことなら、俺も負けている訳にはいかないな」
精市、俺はお前が思う以上にしぶとい。
弦一郎、俺はお前が思うほど綺麗な人間じゃない。
仁王、俺はお前が思うほど臆してはいない。
覚悟しておけよ、三人共。
参戦宣言
この戦い、決して負けられない。
END
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