俺とお前、想いが強いのは、俺だけなのだろうか。



「すまないな蓮二、待たせてしまって」

「いや、気にすることはない。ちょうど読みかけの小説があったんでな」

「そうか。もう少しだ」


カリカリと単調で無機質な音、シャープペンが紙を擦る。机に向かい、黙々と日誌を書く弦一郎。
いつからだっただろうか。こんな感情を持ち合わせたのは。
以前から、俺は弦一郎を好いていた。もちろん、弦一郎も俺を好いている。
自惚れではない。100%の確率で、だ。そのせいなのか、俺は以前より弦一郎に執着するようになった。
先程から、弦一郎が握っているシャープペン。弦一郎が目を向けている日誌。あんな物、話すことは愚か、動くことさえ出来ない。
なのに…


「嫉妬などしてしまうとわな」

「ん、蓮二、何か言ったか?」

「いや、なんてことはない。続けてくれ」

「あぁ」


一度俺に向けられた視線は、また日誌に戻る。窓から差し込む夕陽に照らされた横顔が、少し切なく感じられた。
精市のように、絵について深く語れるほどではないが、今の弦一郎は、背景と一体となって、一枚の絵の様に見えた。とても美しかった。日誌を書いている、ほんの僅かな時間だけの、一瞬の芸術。


「……じ、…んじ!」

「! あぁ、終わったか」

先程の余韻に浸っていたのか、はたまた意識を飛ばしていたのか。どちらかは分からないが、いつの間にか弦一郎の作業は終わっていた。
帰るか、と小説を鞄にしまい、部室を出た。



「そんなに良い内容だったのか?」

「なにがだ?」


帰り道、たわいもない会話の中で突如ふられた話。


「小説の内容だ。熱心に読んでいたからな」

「あぁ、小説か」

「なんだ、小説以外に何かあったのか?」


そんな風には見えなかったが、と言う弦一郎。正直なところはあった。それがお前だと言えば、お前はどんな顔をするのだろうか。


「いや、よくよく考えてみれば、以前に一度読んでいたのだ」

「お前らしくないな。一度読んだ物を忘れるなど」

「あぁ……そうだな」


まったくもって俺らしくない。それほどまでに、俺はお前に夢中だと言うことか。


「蓮二」

キュッ…

「!…弦一郎?」


普段、人目を気にして、外では手など繋がない。なのに、なぜか今日は弦一郎の方から手を握ってきた。


「どうかしたのか?普段のお前なら、外で手など繋がんだろう」

「…俺にも良く分からんのだ。なぜだか分からないが、自然と手が伸びてしまった」


些か困惑した表情を浮かべる弦一郎。しかし、今の俺には『自然と手が伸びてしまった』という言葉が、あまりにも嬉しかった。
いつも手を伸ばすのは俺の方で、その度に、たわけが!と真っ赤な顔で拒まれてしまうから。
そんなところも愛しく思う反面、やはり少し寂しい部分もあった。だから嬉しかった。


「弦一郎、このままキスをしないか?」

「なっ!たっ…」

「『たわけが!外で接吻など…恥を知れ!』とお前は言う」


分かっているなら、という顔を俯かせる。夕陽が射していても分かる。耳が赤い。
それを見ていると、自然と口元に弧が描かれる。


「今のこの時間なら人通りもない。それでもダメか?」

「し、しかしだな…」


真っ赤な顔でキョロキョロとさ迷う視線。それがピタリと俺に向けられた停止した。瞬間…

「っ!…弦、いちろ…」

突然唇に触れた柔らかな感触。それが何なのか、理解に時間は要しなかった。
一瞬で離れてしまった感触を少し残念に思ったが、これ以上を要求するのはやめておこう。
これ以上を要求すると裏拳の確率が86%だからな。

「は、早く帰るぞ!」

スタスタと足早に行ってしまう。ツバを掴んで帽子を深く被り直す仕種に小さく笑みが零れた。


「フフッ」

「何を笑っている!
貴様がしろと言ったのではないか!」

「違うな弦一郎。俺は、しないか?とは言ったが、しろとは一言も言っていない」

「! 〜っ知らん!」


先程より更に早くなった歩調に、また笑みが零れる。


「何故笑うのだ!」

「あ、いや、なんてことはない。
俺はお前に愛されているなと、改めて実感したまでだ」

「…っ貴様は恥を知れ!!」


裏拳を食らうことはなかったが、やはり逃げられてしまった。

「明日、顔を合わせた時のお前の反応が楽しみだな、弦一郎」

一つ、明日への楽しみが増えた。

「今日はグッスリと眠れそうだ」

愛されている幸せを噛み締めながら、走り去った彼を追った。







想いの天秤

溢れる想いは計り知れない。


END

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