財前が練習を再開してしばらくたった頃、用具倉庫に二つの影があった。
「さっきな、俺のとこに財前が来てな、お前のこと好きか嫌いかって聞かれたわ」
「なんや、そっちもかいな。俺もおんなじ様なこと聞かれたわ」
小石川と白石だ。
「で、なんて答えたん?」
「そら、もちろん【大親友】って答えたに決まっとる」
「さよか。俺も似たようなこと言うたわ。
…ところで、しらっ!」
小石川が名前を呼ぼうとすると、白石の長い指がその唇に触れ、それを遮った。
「今ここには、俺とお前しかおらへんやろ?
なあ、健二郎」
「!…せやかて、いつ誰が来るかわからんし…」
「誰もこうへんから。な?」
諭すような口調の白石に小石川は渋々納得した。
「……わかったわ、蔵ノ介」
「フッ…えぇ子や」
そのまま白石は小石川の唇を奪った。財前にあぁは言ったが、事実二人は付き合っていた。ただ誰も二人の関係を知らないだけで。
「ぉれ、な…財前に聞かれた時な、メッチャ不安やってん…」
「不安?この関係がバレることか?」
「…ちゃう」
小石川は弱々しく白石のウェアを握った。
「別に蔵ノ介とのことはバレてもえぇねん。
そうやなくて……財前が蔵ノ介のこと好きなんかもって思てん…」
「…健二郎」
白石は小石川をそっと抱きしめた。
「俺も同じや。口では親友や言うてても、内心は、俺のやから手ぇ出すな!って叫びたかってん」
「……嬉しいわ…」
「俺もや」
再び二人は唇を重ねた。
「ほぅ…そういうこったいね」
白石と小石川のいる用具倉庫の扉の向こう側には千歳がいた。部活に来ずに昼寝をしていて、中の会話を耳にしたようだ。
「そんにしても…」
『んっ…ぁ、くらっ』
『かわえぇで、健二郎』
『は…ぁ……っん』
「…声、漏れとっとね。
まっことしょーのなか連中ばい……ばってん、小石川ん声、色っぽかねぇ」
普段の小石川の声は部内でも低い類に入る。しかし今は違って、彼の見かけからは想像できない高音、色香を纏った艶めいた声音。
「……なんか…疼いてきとっとね…」
千歳は軽くため息をついた。
「いつまでも聞いちょったら危なかね…」
声だけに欲情していた自分を情けなく思う反面、小石川の新たな一面に自分の中のなにかが変わったと千歳は感じた。
「(…行ったか)」
早い段階で白石は千歳の存在に気付き、わざと小石川を攻め立て、声を出させていた。小石川は自分のだと言うように。
小石川は意識を保つのに必死で、千歳の存在には気付いていなかった。
「ぁ…っん……く、らっ…?」
「なんや? 健二郎」
「なんっ…ぃつ、も…ちゃ、ぁ…」
「心配せんでも、すぐに気持ちよぅなる」
「えっ…!ぁっ」
「愛してんで、健二郎」
「ぉれ、も…」
誰かに話すことなんてこの先絶対にない。二人だけの秘密の話。
もう知っている?ならそれでも構わない。知りたければ知ればいい。
二人だけの秘密の関係。知られたくないと思っていたけど、お互いの中が深まるほどに見せ付けたいと思った。
彼が自分のモノだと 言い触らしたかった。ただ、それだけ。
「千歳」
「? なんね白石」
次の部活時、白石は千歳を連れコートを離れた。連れて来られたのは、例の用具倉庫。
千歳は内心落ち着かなかった。そこは、自分が白石と小石川の情事を聞いた場所だったからだ。
「なぁ千歳、お前、昨日此処におったやろ」
「! …なんのこつかわからんばい…」
やはりそうだったか、と千歳は視線を逸らした。
「……千歳、こっちむき」
「…白ぃ…っ!」
千歳が白石に顔を向けると、白石は千歳の唇に、文字通り噛み付いた。
「っ、なんばしよっとね!?」
千歳は白石を突き飛ばし距離をとった。自分の唇からも、白石の口からも赤い液体が垂れていた。
白石はペロリと自分の唇を舐め、笑った。
「ハハッ 鉄の味や♪」
楽しそうに笑う白石。楽しそうで楽しそうで……とても恐ろしかった。
「しらっ…ぃ、っ」
「よぅ覚えとけや。
健二郎は俺のや。手ぇ出したら、今度は身体中を食いちぎったる」
フワリと微笑む白石に、千歳は恐怖以外のナニモノも感じることはなかった。
口に広がる鉄の味に身体が震えて、身動きがとれなかった。
あの二人の関係は『大親友』なんて、そんな綺麗な関係じゃない。
狂気を帯びた瞳の捕食者と、それに魅せられ、自らその腕に飛び込んでしまった標的。
お互いがお互いを欲して、ドチラが欠けてもドチラもおかしくなる。
絶対
お互いがそばにいることが、彼等の『絶対』
END
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