俺のペテンは完璧じゃ。欺けん奴などおらんかった。今までは。
「小石川君」
「ん?あぁ、立海の。なんか俺に用か?」
「いえ、今日は幸村君に頼まれて練習試合の申込に参りました」
「そら大変やな。わざわざ大阪まで。FAXで良かったんとちゃうか?」
「いえ、ご挨拶はきちんと申し上げるべきだと思いましてね」
「そらおおきに。ほな今部長連れて来るさかい、待っとってな」
見んしゃい、数回会っただけで俺の変装を見破れる奴はそうおらん。
あの小石川とか言う奴も言うほどたいしたことないのぅ。
幸村が『四天宝寺の副部長は侮っちゃいけないよ』なんて言っちょったから、期待しとったんじゃがな。
「期待外れもいいとこじゃな」
そん後、部長と話もして練習試合の予定も立てた。帰ろうとした時、後ろから小石川が走って来た。
「アンタ、名前なんやったっけ?どうも人の名前を覚えるんは苦手でな」
「構いませんよ。私は立海大付属の柳生比呂士と申します」
「……さよか、おおきに。今度は観光も兼ねて大阪遊び来てな!」
「はい。是非お伺い致します。その時は観光案内をお願いしてもよろしいですか?」
「もちろんや!」
特にしっかりしている様子も伺えない。どちらかと言えば、丸井や赤也みたいなお気楽な奴じゃ。
しかし、俺の洞察力がいかに低いかをすぐに思い知るハメになった。
「なら、今度はあの綺麗な銀髪見してな、仁王」
………は?
コイツは今何を言いおったんじゃ?俺のことを『柳生』じゃなく『仁王』と呼んだ。いくら信じられんでも、自分の名前を聞き間違えたりはせん。
「何をおかしなことを言っておられるんですか?私は柳生ですよ」
「あれ?ちごたんか?」
笑顔で小首を傾げる小石川。コイツ…
「はじめっから、分かっちょったんか?」
「いや、確信はあらへんかった。でも俺、人を見抜くのは自信あんねんで!」
「っ…そうか。俺もまだまだじゃな」
ほんの数回で俺の変装を見破った奴。四天宝寺中テニス部副部長、小石川健二郎。やはりコイツは侮れんかった。
他人に興味なんぞ持つんは、うちのビッグ3以来かもしれん。
アイツら三人は『強い』。じゃから、自分のライバルになる存在じゃから興味があった。
けどコイツは違う。単なる興味だけじゃなか。興味にプラスして、俺の中のなにかが刺激される。
『知りたい』
ただその感情だけが今の俺にはあった。
「小石川」
「なんや?」
「お望み通り、次に来るときはそのままの俺で来ちゃる」
「ほんまか?なら楽しみにしとる!」
ただ『普通に』遊びに来るだけ。たったそれだけのことで子供みたいに笑う。
「面白い奴じゃな」
「なんか言うたか?」
「いや、なんも言っちょらんよ。じゃあな」
これでこっちに来る楽しみが一つ増えたっちゃ。アイツも、こんこと解っとったんかどうか。
ピッ
「幸村、お前さんは分かっとったんか?」
『なんのことだい?話しが唐突過ぎて分からないんだけど』
ほのかに笑いを含んだ話し方。総てを分かっている話し方。
「わざとらしい演技はよか。で、どうなんじゃ?」
『お察しの通りだよ。知ってて君を行かせたんだ』
「なんで俺なんじゃ」
同じ条件を作るなら柳生でもよかった。でも幸村は迷わず俺を選んだ。
『ペテンを見破られて驚いただろ?俺はそんな君の反応が知りたかったんだよ』
知りたかったって…
「お前さんは神奈川n『フフフッ』…」
ツッコんだらいけん気がした。部長が一番恐ろしい。
『仁王、変なことは考えないでね?』
「…分かっちょる」
『あぁそれと』
今度はなんじゃ…
『手は出さないでね?』
「……は?」
今度は幸村の話が唐突過ぎて分からん。
『だから、健二郎には手を出さないでね』
「健二郎って…」
四天宝寺の副部長の名前は小石川健二郎……って
「っ幸村、お前さん!」
『クスッ、俺の健二郎に手ぇ出したらどうなるか、解るよね?』
「分かっとうよ…」
『フフッ、じゃあね。早く帰っておいでよ』
プツッ…
「よりにもよって、厄介な奴が…」
遠回しにペテンにかかった気分じゃ。
「魔王に勝つんには骨が折れるぜよ」
欺かれたペテン師
君との出会いすら策略の内。
END