「ラン ランララ ランランラン ラン ランラララ〜…」
何を思うでもなく歌を口ずさむ千歳。
「千歳、ほんまにジブリ好きやなぁ」
「なんねイキナリ」
「いや、最近よぅその歌口にしとるから」
「うーん…?良く分からんばい。
自然と口に出とうもん」
そう言う千歳の表情は、まるで遠い先を見つめとるるような表情をしとった。
あの歌を歌うとき、千歳はいつも何処かに意識を飛ばしとる。
何も感じとらんみたいに、まるで抜け殻みたいに。
モノを感じることを忘れたように。
「ラン ランララ ランランラン…」
何やろなぁ…途中までしか歌うてへんのに、左胸の辺りが冷え冷えして、物悲しい。
映像の中の女の子は、大好きな人や大好きな場所、風景に囲まれて幸せそうに歌うてた。
この歌を『怖い』言う人もおるけど、俺は何となく落ち着ける気がする。
千歳は一体どんな気持ちでこの歌を歌うてんのやろ。
でもそんなん、俺には分かりっこない。
俺は『小石川健二郎』で『千歳千里』やないから。
けど、そんな思考の傍らに俺も歌を口ずさむ。
「ラン ランララ ランランラン ラン ランラララ〜…」
夕焼けに向かって…と言うよりは夕焼けに背を向けて、か。
誰もいない道を一人で進む。
耳に届くんは、自分自身の微かな靴音とあの歌。
他には何もないと思うとった。
「…ラン、ラっ!?」
イキナリ後ろから誰かに抱き着かれた。
驚きはしたけど、この感覚には覚えがある。
いや、良く知っとる。
自分よりデカイ影を作る奴。
「なんや?千歳」
「………」
「どないしたん?」
「………」
問い掛けても無言の千歳。
俺の肩口に顔を埋めとって、表情もようわからん。
「歌が…」
「え…」
「あん歌が聞こえて…健二郎がいなくなる気がしたばい…」
「何言うてんねん。
俺はここにおるやろ」
そう言うて頭に手を伸ばすと、ピクリと肩が揺れた。
身体はデカイけど、繊細な奴で、俺が言うのもおかしい気がすんねんけど、可愛いやっちゃ。
でも、今はそれよりも気になることがあった。
「なんで、俺がおらんくなるって思うたん?」
「俺…あん歌を歌うとっ時、映像ん中ん女の子と自分ば重ねとる。
映像ん中ん女の子は、大切な人達とお別れするばい。
やけん、俺も、もしかしたら…って思っちょったら不安で潰れそうんなる…
それも自分だけじゃなか。
歌を聴ぃとうだけで、頭ん中が真っ暗んなって、いてもたってもいられんくなるばい…」
そういうことやったんか。
千歳は不安を押し殺すために、歌い続けとったんやな。
けど、歌えば歌うほど不安が広がって、自分じゃどうにもならなくなってしもたんやな。
「千歳、千歳は俺がおらんくなると思うか?」
「! っそんなこつ思っちょらん!健二郎はいなくなったらいかんたい!」
千歳の腕の力が強なった。
腕に触れると小刻みに震えとる。
俺は千歳に向き直ってその身体を抱きしめた。
「健二郎…」
「アホやなお前。
俺がお前のこと置いてどっか行くはずないやろ?
俺はお前が思うとる以上に、お前のこと好きやねんから」
柄にも無いこと言うたからメッチャ恥ずい。
けど俺なりの精一杯の言葉や。
けど、さっきから千歳が反応せぇへん。
不安になって、顔赤いん覚悟で顔を上げた。
「ちとs…っ!」
「隙有りばい」
「……不意打ちや…」
顔を上げた瞬間キスされた。
不意打ちもえぇとこや。
ちゅーかさっきまでの俺のシリアス返さんかい!
「すまん。
ばってん、健二郎がむぞらしかこつ言いよるから」
「誰か人通ったらどないすんねん…」
「心配なか。
俺が健二郎ば隠すばい」
「はぁ…」
ほんまに切替早うて、着いて行かれへんわ。
でもまぁ、千歳らしいっちゃ千歳らしいんかな。
「千歳、一つ聞いてもえぇか?」
「なんね?」
「千歳は俺がおらんくなったら、どないする?」
瞬間、俺を抱きしめる力が強まったのは気のせいや無いよな。
「そげなこつ許さん。
俺がさせんばい」
「答えになってへんのやけど?」
「健二郎は俺と一緒は嫌と?」
「そんな訳ないやん。ずっとそばにおる。
おりたいもん」
「ならソレが答えばい。
俺と健二郎は離れんし、俺が離さんばい」
「…ほんまやなぁ」
夕日に照らされたシルエットが重なった。
旋律(うたごえ)
時に僕を不安にさせ、時に僕を安堵させる。
END
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