膝をつく日






音のない夜明けが来る数十分前、ヒロトと晴矢と風介と。テーブルを挟んだ向こうに俺はいた。三人は俺の目の動きを追ってはにやにやと嫌味ったらしい表情のまま口を閉ざし続けている。きらきらと左右する彼らの目は俺からのアクションを待ち続けているんだろう、言葉にするならアウェイ、まさにそれだった。一つでも自発的なリアクションを起こさない限り、外が完全に明るくなっても彼らの表情はそこに張り付いたままなのだろうと、そう考える他なかった。窓よりも遠くの空に雀の鳴き声が聞こえて、もう夜明けが来たのかと目の奥がぼんやりとした抵抗に揺れた。ヒロトが瞬きをすれば晴矢が口笛を吹き、それに風介が髪を揺らして眉を潜める。流れるようにこなされた彼らの行動には、普段見ない程の彼らの結束めいた繋がりが見て取れて、その繋がりに拘束される俺は相変わらず現状を飲み込めずにただ咀嚼を続けるだけだった。膝の上に乗せた両手が表に出ることはない。――不器用に崩れた笑顔で晴矢は言った。俺の耳がイカれてるのでなければ、確かに彼は「砂木沼を譲れ」と言ったのだ。ふと太ももが浮く感触に下を見ると、無意識に握りこんだ拳がズボンどころか皮膚をも巻き込んでぶるぶると震えていた。

「返事は?イエス?はい?喜んで?」
「ちょ、っと待って。待って」
「タイムだってよ」
「あまり難しい質問は受け付けてねーぜ」
「やっ。質問も、何も!譲れって、どういうことさ」

目の横がシンと冷たい。瞬きをする毎に冷や汗が形として浮かんで、あまりの冷たさに視神経が死んでしまうんじゃないかと思った。窓から差した光と、家具の側に作られた黒い影がぱっきりと白黒で、俺の心ン中を鏡のように全部丸ごと映しこんだのかと勘違いしそうになる。…肝心の彼らは光に後押しされて真っ黒だ。風介の歯の隙間から抜け出してきたささやかな笑い声が、徐々に・徐々に・三半規管にぶちまけられて、影はいよいよ日食のように広がった。あああっ!奴らは異常だ、俺に人一人の気持ちの在り処をどうこうしろと言うのだ・俺の心を一つ殺せと言うのだ・砂木沼さんの心を一つ殺せと言うのだ。俺は、彼が好きで、彼も、なのに、ヒロトたちは、ヒロトたちは。「あ」、喉が干上がって言葉がつまづいた。言葉の代わりに壁を作ったのは眼窩の奥から競りあがってきた涙、涙、握りこぶしにぽたり。晴矢のにんまりとした口角は、風介の顎を撫ぜる指先は、ヒロトの垂れた目尻は一種の殺人を犯そうとしている自覚など微塵も抱えてはいないようだった。車のエンジン音が聞こえる。

「…ごめん、駄目だ、それは駄目だ。いくらお前たちの言うことでも」
「…残念だな、命令なんてしたくなかったんだけど」
「まッ。少しの間だけ考えさせてあげるよ」
「心なんて後からどうにでもなるからなァ」
「どういうこと、だよッ」
「そのまんまの意味だよ」
「これからはちゃんと敬語使えよなァ? 」
「フフフ、オレたちは父さんに感謝しないとねっ」

太陽が部屋の暗闇を全て食ってしまったけれど、相変わらず三人は黒いままだった。今日という日は始まってしまった。もしも、また「彼を譲れ」と言われてしまったのなら、俺は唇を噛むしかなくなってしまったのだ。ああ。殺人だ、なんて訴えはもう通らない。

「ねェ、レーゼ?」




(今日から今から宇宙人)


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愛される治様…可哀相なリュウジ……美味し過ぎるお話をありがとうございました!
 
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