「虎若はさ、寂しい奴だよ」
急にそんなことを言ったのは、学級委員を務める級友だった。
正面から真っ直ぐにぶつけられた言葉に、僕は何も言わなかった。
何を言ったらいいのか分からなかった。
「虎若、団蔵のことは好き?」
「好きだよ」
「金吾や兵太夫や伊助……一年は組の皆は?」
「皆好きだよ。もちろん庄ちゃんも」
僕がそう言った時の、彼の反応は、少し悲しげだった。
彼自身の悲しみではなく、どちらかと言うと、自分に向けての哀れみに近かったように感じた。
「誰も彼も好き…そんなんじゃ、いつか誰からも愛されなくなるよ」
愛されなくなる。確かにそうかもしれない。
誰にでも優しくして、誰とでも一緒にいて、誰にでも愛情を注ぐ。
いつかは綻びが生じて、それがどんどん広がって、誰にも愛されない…いや、誰も愛せなくなる。
人を愛せないことは、正直に怖いと思う。
でも、そんな恐怖をどうでもいいと思えるほどに、今は皆が愛しいんだ。
「いつかはそうなるかも知れない。
けど、僕は皆を好きでいられることが幸せなんだ。
皆を好きでいることが、やめられないんだ」
諦めたように笑えば、悲しげな表情が俯いた。
「……さっき言ったこと、撤回するよ。
虎若は寂しい奴じゃない……残酷だよ」
「え…」
一瞬にして、目の前には彼の顔が迫っていた。
咄嗟の判断が遅れて、そのまま押し倒された。
「背中、痛いんだけど」
「床に打ち付けたからね」
「なんで僕の視界は、天井と庄ちゃんの顔しか見えないの?」
「僕が押し倒してるからね」
相変わらずの冷静な回答に、思わず苦笑が漏れる。
でも、こんな状況に動じない自分も、わりと冷静だと思う。
そして当の本人は、先程の言葉を最後に、こっちを見つめたまま無言。
「庄ちゃん、早く退かないと、誰か来るかも知れないよ?」
そんな心配を余所に、彼は口角を上げた。
「大丈夫だよ、すぐに済むから」
片手で視界を覆われて、目の前が真っ暗になる。
段々と、自分に近付く気配に、自然と身体の力を抜いたのは何故だろうか。
まだ幼く小さな唇が、同等の自分のものに触れた。
すぐに離れたソレに、不思議と嫌悪はせず、むしろ少し名残惜しかった。
それが何故なのかは、今の僕には分からない。
「こんなにも君が愛しいのに、君は皆を平等に好きでいる。
特別がない。だから、とても残酷だ」
そんな言葉と共に離れていく、自分を覆っていた温もり。
無意識に襟を掴み、引き寄せたのは、何故だろうか。
「…何?」
「分からないけど、離れちゃいけない気がしたんだ」
「あまり期待させるようなことは…っ!?」
視界に広がるのは、普段は決して見せないような、冷静を欠いた表情。
その表情の理由は簡単。
さっき彼がしたことを、そのまま彼に仕返したから。
「僕の好きには特別がないって言ったけど、一人一人の好きは違う。
そう考えると、皆特別なんだ。一人だけとか、考えたことないんだ」
僕の言い訳を聞き終えると、彼の手が僕の顔に触れる。
「君は気付いているんだろ…皆の気持ちに」
「うん」
「それなのに、誰にでも優しくするんだ。
皆、君の気持ちを第一に考えてるのに。
このままじゃ、皆辛いんだ」
分かってる。分かってるから、どうにも出来ないんだ。
誰の気持ちに答えることが正解なのか、誰を求めることが幸せなのか。
それならいっそ…
「庄左ヱ門、君が僕の特別になってくれる?」
決まらないなら、決めてしまえばいい。
「後悔しないの?そんな軽々しく決めて」
「しないよ。庄ちゃん自分で言ったでしょ。
僕は皆を平等に好き。庄ちゃんが気持ちを伝えてくれたから、それに答えるの」
僕の好きに差異はない。だから、僕はこれから‘特別’の意味を知る。
「好きだよ、虎若」
「僕も好き。これからもっと好きにさせてよ」
首に腕を回すと、さっきとは打って変わって、余裕の笑み。
「言われなくても」
僕が笑みをこぼすと、また顔が近付いてきた。
ガラッ
「あれ、庄左ヱ門と虎若、何してるの?」
戸を開けたのは、しんべヱだった。
焦ったりはしない。だって彼がいるから。
「ちょっと虎若が転んじゃってね」
僕から離れた庄左ヱ門に、腕を引かれて立ち上がる。
「そっかぁ。あのね、皆がかくれんぼしようって!」
「わかった、すぐ行くよ」
「うん。じゃ!」
ドタドタと遠ざかる足音にクスリと笑いが漏れた。
「庄ちゃん、相変わらず冷静ね」
打たれた先手
気持ちを伝えた者勝ち。
オマケ
「虎若を落としたのは庄左ヱ門かぁ。
皆残念だったね。
団蔵とか同室だし、襲ったりしなきゃいいんだけど」
走り去ったしんべヱは、友の恋路を静かに祝福し、また友の身を案じていた。
END
−−−−−
虎若は博愛主義な気がします。
しんべヱは全部分かってればいいよ。