冷静沈着だ。とよく言われていた。冷徹なまでに動揺しない。とも。
だがコイツはいとも簡単にそれを崩した。

「鬼道くん」

ピクリと自分のこめかみか、肩かハタマタ身体全部が密かに揺れた。ただ呼ばれただけだというのに。


「何驚いてんの?」

「いや、別に…」


顔を逸らすと、いつものようなニヤリとした意地の悪い笑みを浮かべる不動。


「急に呼び方が変わってビックリした?鬼道ちゃん」

「…からかっているのか?」

「いや、そういうわけじゃないんだけどねぇ」

「じゃあなんなんだ」


顔を向ければ何かを考える様に黙り込む不動。でもその瞳は真っ直ぐに俺を捕らえていた。


「ふど…」

「そろそろさ、『鬼道ちゃん』って呼ぶのやめようかと思ってさ」

「やめる?何故急に」


俺には不動の言わんとすることが分からなかった。だが心なしか不動の眉間にシワが寄ったのが分かった。


「急にっていうか、前から考えてはいたんだよ。付き合って結構経つし、そろそろ、その……名前、呼んでやってもいいかなぁ…って」

「! 不動…」


少し頬を赤らめて、視線を逸らす不動。自分で言って恥ずかしくなったのか、だんだん顔がむくれてきた。それを可愛いと思う俺も相当きていると思う。


「でもいきなり名前は無理。絶対に」

「そこは断言するのか」

「うん。だからまずは『ちゃん』から『くん』に代えてみようと思って」


正直、二つの違いが分からなかった。確かに呼ばれ慣れてはいないが、どちらの呼び方もあまり変わりない様に思えた。だが不動の中では違うらしい。


「あまり変わりないと思うが?」

「うーん…『ちゃん』は元々からかう目的の呼び方で、『くん』は俺の決意の表れ?的な」

「随分と小さな決意だな」

「……これでも一大決心なんだけど」


ムッと頬を膨らませ、小さくコチラを睨む姿が可愛いと思った。まるで小さな子供みたいだ。


「そうむくれるな…明王」

「!…さらりと呼びやがって……余裕かましてんのかコラ…」

「そんなことないさ。俺だって、お前の名前を呼ぶのは緊張するんだ。現にほら」


不動の手を掴み俺の胸に当てた。自分でも分かるくらいに五月蝿くて、止まらない。


「どうだ?不動」

「…メッチャ、うるせぇ…」


なぜだか分からないが、不動の口元が緩い弧を描いた。


「余裕かと思えば心臓バクバクで、すぐに呼び方も元通り…鬼道くん、かっわいい〜」

「…何故そうなる」

「いんや。気にすんな」


そう言って俺から離れた不動は満足気な笑みを浮かべていた。これまたよく分からない。


「………」

「? 不動、どうかしたのか?」

「………」

「ふど…『ゆぅ、と…っ』えっ…」


一瞬にして時間が止まる。その一瞬に不動はどこかに行ってしまったようで、その場にはいなかった。
だが、確かに聞こえた。不動に名前で呼ばれた。顔を真っ赤にして、一生懸命に名前を紡いでくれた。
一体俺はどうすればいい。







君の名を呼ぶ

さきほどよりも鼓動が早い。


END

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