『神のみぞ知る』の続き



フワリと手の平に乗る一枚の羽。雑じりや汚れを知らない、どの天界の者より美しい純白の羽。
ある日突如としていなくなった仲間…いや、仲間よりも大切な存在だ。

「何処へ行ってしまったんだ……明王」

今日も俺はお前を待つ。





『明王』

誰だ、俺を呼ぶのは。

『明王…っ』

なんだか聞いたことのある声だ…懐かしい。

『あき、ぉ…!』

泣いてるのか?相変わらずよく泣く奴だな。……相変わらず?
俺は知ってる?この声を…知ってる。

「!あ…ぅ…」

凄く気分が悪い。喉のつっかえが取れないみたいに、息が苦しい。
嫌だ。苦しい。嫌だ!

『明王くん』

まだ聞こえる。でも不思議だ…この声は苦しくない。柔らかくて、優しくて…


「…て、る…み?」

「うん。僕だよ。大丈夫?うなされてたみたいだけど」


不動が目を開けると、心配そうな面持ちで自分を見つめる照美がいた。


「少し…嫌な夢を見た…懐かしくて嬉しい様な、寂しい様な。
でも凄く苦しくて、嫌で…」

「そうか…大丈夫、僕がいるから安心して」


そう言って、優しく俺を抱きしめてくれる照美。
柔らかなアルトの声音が、温かな手の平が、俺を落ち着かせる。俺を…安心させるんだ。


「それじゃ、僕は天ノ領域(ヘブンズフィールド)の視察に行って来るね」

「あぁ…」


天ノ領域…それは俺の故郷。そして俺が二度戻れはしない場所。


「……明王くん…」

「…なんだ…っ!照美…」


名前を呼ばれて顔を上げれば、額にキスをされた。微かに触れるだけの小さなキス。
それだけでも俺の顔には熱が集まって、気分が高揚する。


「悲しい顔は、君には似合わないよ」

「そんな顔、してねぇよ…」

「うん。でも無理はしないで。すぐに戻って来るから」


ね?と微笑む照美。俺は小さくコクリと頷いた。
照美は俺の頭を一撫ですると、綺麗で大きな翼を広げ、俺の前から飛び立った。
俺はずっと照美の背を見送っていた。段々と小さくなる背中…それに比例するように大きくなる俺の中の空白…

「照美…」

呟いた名前は、広大な空に溶けた。


−−−−−

「さて、いざ来てみたはいいけど…誰に聞けば良いのかな………あ、君!」

ちょうど良いところに一人の少年が通り掛かった。
明るい茶色のドレッドヘアーが特徴的なその少年は、コチラを振り向くと、少し目を見開いて僕に一礼を寄越した。


「アフロディ様、どうかなさいましたか?」

「うん、ちょっと視察にね」

「そうでしたか。それでは、総帥の下にご案内します。コチラへ」


純白の羽を広げ、宙に向かって地を蹴る彼の後に続いた。


「ところで、君、名前は?」

「はい、鬼道有人と言います」

「鬼道くん…ね」


なんだか脳裏に響く名前だ。なぜだろう……あぁ、そうか…


「彼に似てるから…」

「はい?何かおっしゃいましたか?」

「いや、気にしなくていいよ」


そう、考えすぎた。
ただ名前の響きが似てるだけ…だと思いたい。
でも似てる……鬼道くんと彼、明王くんに流れる波長が。

鬼道くんに案内されて、影山さんと対面した。特に目立った問題はない、との報告を受けた。
でもね、僕に嘘は通じないんだ。


「影山さん、ごく最近、何か不可解なことがあったのでは?」

「…やはり神は欺けぬか……確かに、二ヶ月ほど前、一人の聖天使が行方不明になった」

「聖天使…とても貴重な存在ですね」

「あぁ。名を不動明王と言ってな、鬼道と行動を共にしていた」


驚いた。明王くんは聖天使だったのか。
でもこれで納得がいった。
鬼道くんと明王くんの波長が似ているのは、つまりは二人がそういう関係だったということだ。


「分かりました。僕の方でも調べてみます」

「あぁ、よろしく頼む」

「それでは」


影山さんに一礼を残し、鬼道くんを探した。
特徴的な彼はすぐに見付かった。


「鬼道くん」

「! アフロディ様…総帥とのお話は済まれたのですか?」

「うん……聞いたよ、不動くんのこと」


明王くんの名前を出したら、鬼道くんは俯いてしまった。
そして、僕に何かを差し出した。

「きれい…」

思わず零れた本音。
純白の、一縷の汚れも知らない一枚の羽。
すぐに分かった…明王くんの羽だと。


「明王の羽です…」

「とても美しいね。
幼くて、純粋で、儚くて…優しい」


羽に触れると、そんな波長が流れ込んで来る。
残してきた明王くんを思ったら、急に会いたくなってきた。


「鬼道くん、僕も不動くんのことは協力するから」

「アフロディ様っ…ありがとう、ございますっ…!」


瞳を潤ませて僕に礼を述べる彼をその場に残し、天ノ領域を後にした。

−−−−−

「明王くん」

「照美っ!」


声を掛けると、明王くんは一目散に僕に駆け寄ってきた。
その身体をしっかり抱き留めて、きつく抱きしめた。


「おせぇ…」

「ごめんね」


頭を撫でれば、少し微笑んだのが分かった。
どうしようもなく愛しい。


「明王くん」

「なんだよ」

「君は……ううん、なんでもないよ」

「なんだよそれ…」


ごめんね。でも言えないよ。
言ってしまったら、君が彼の元へ戻ってしまいそうな気がするから。
ごめんね鬼道くん。
この子ばかりは手放せそうにない。







神のみの隠事

誰も知らない、僕だけの秘め事。


END

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