イタリア代表決定戦前捏造




















憎悪、恐怖、悪寒…
そんな感覚が今の俺の身体を支配していた。原因は明白。目の前で車に乗り込もうとする長身の男。
髪型や髪色は違うが、怪しく光るサングラス。口元に浮かぶニヒルな笑み。
間違いなく、俺を二流と言った男だった。

視線を合わせているわけじゃない。顔は地面だけを見ている。なのに身体が動かない。足が地面に固定されて、その場を離れられない。


コツッ…


「?……っ!」

突如地面にかかる影。俺の上から被さるようにかかる影。何故俺はこの時顔を上げたのか。顔を上げた先には、俺を見下すようなニヒルな笑み。
瞬間、ドクリと鳴った心臓が早鐘を打つ。苦しい。苦しくて、息が詰まる。
ヒューっと、細い気管を空気が抜ける音。ダメだ。苦しい。


「フッ 相変わらず無様だな、不動」

「っ…はぁ、か…ゃっ!」


二流の次は無様だと。ふざけるな!そう叫びたいのに声が出ない。
目の前が霞んで、意識が揺らぐ。

「お前は必ず私の元へ来る。自らの意志でな。
そして必ずこの手をとる」

顔に触れた奴の手の感覚。懐かしさなんてこれっぽっちもなくて、ただ気持ちが悪い。
意識を手放すさなか、誰かが俺の名前を叫んだ気がした。



−−−−−−−−

目の前の光景が信じられなかった。佐久間との特訓後、一人で歩いていたイタリア街。
その一角に見つけた白いベンツ。イタリアの街並を再現しているのだ。高級外車の一つや二つ、なんら不思議は無かった。
だが問題は、その車の影に隠れていた人物。
目に止まった長身にサングラス。弧を描く口元。それは良く知った人物と重なる。

「かっ…影山!……っ?!」

しかし、俺が何よりも驚いたのは、奴の視線の先。そこにいたのは愛しい恋人だった。

不動と付き合い始めたのはライオコット島に来てから。アイツは俺が苦しんでいる時、何も言わずに隣にいた。その優しさを感じ、俺はアイツに告白した。その時のアイツの愛らしい顔は今でも覚えている。
なのに、何故。何故不動が影山と共にいるんだ。影山の手が不動に触れた。瞬間、俺の身体をどす黒い感情が駆け巡る。すぐに離れた手を睨みつけていると、突如影山がコチラを向き、ニヤリと笑みを浮かべた。

「っ!」

そのまま車に乗り込んだ影山。ドアの閉まる音と共に、ザッ…と音がした。見れば不動が地面に膝を付き、倒れ込もうとしていた。
スローモーションの様に流れる風景を払い除ける様に不動に駆け寄った。

不動の身体をギリギリで受け止めることが出来た。受け止めた身体は熱を帯びていて、顔も赤らんでいる。
苦しげな表情で短く息を吐く不動を抱き上げ、人目に着かない道へと入り、すでに宿舎に着いているであろう佐久間に電話をかけた。

すぐに行く。といわれ電話を切った。
佐久間に、古株さんにキャラバンを出してくれるよう頼んでくれと言った。勿論、選手の一存で動かすことは出来ない。監督が来ることは容易に予想が出来た。
しかし今は、一刻も早く不動を休ませてやりたかった。
何か言いたげな監督だったが、不動の様子を見て目を細めた。


「先に病院へ運ぶぞ。古株さん」

「了解した!」


イタリア街は病院のあるエントランスとは少し離れていたが、古株さんが急いでくれたおかげで、さほど時間を掛けずに病院に着くことが出来た。
病院に着くと、不動はすぐに治療室に運び込まれた。見た目以上に容態は悪かったようだ。
治療室の扉の前、一人扉を見つめていると不意に誰かの手が肩に触れた。


「佐久間…」

「鬼道、なぜ不動が倒れたのかをお前は知っているんだろ。教えてくれ」


佐久間はまだ不動を信用しきってはいない。試合のことを考えての問い掛けだろう。しかし、俺はどうするべきかすぐに結論は出なかった。不動の倒れた理由、つまり影山が関わっているということを佐久間に話さなければならないからだ。
だが、佐久間は有無を言わさぬ視線を寄越した。俺は渋々事の経緯を話した。


「! そんな…まさかっ!」

「信じ難いが事実だ。俺も戸惑っている」

「奴がこの島に…っ!」


強く、ギリギリと音がしそうなほどに拳を握りしめる佐久間。唇を噛み締め、必死に怒りを抑え込もうとしていた。


「佐久間…」

「すまない、鬼道……俺は、まだ完全にアイツを信用することは出来ない」


分かっていた。分かっていて、それでも佐久間に打ち明けた。それは、淡い期待をどこかに寄せていただけの、ただの俺の独りよがりなのかもしれない。

不動の容態は落ち着いていたが、意識はまだ戻らなかった。側にいてやりたかったが、監督命令で佐久間と古株さんの三人で宿舎に戻った。
皆への説明は影山の件を伏せた。ただでさえ仲間が倒れて不安なのだ。余計な心配はかけたくなかった。
皆は不動だけでなく、俺のことも心配してくれた。元気を出せ。と笑いかけてくれた。胸の奥が暖かかった。
日も暮れ、皆で集まっていたその時、聞き覚えのある着信音が鳴った。音の出所は俺の携帯。発信者は監督で、もしかしたら不動の意識が戻ったのか?と内心安堵した。
だが俺は気付かなかった。その安堵が早過ぎたことに。


『鬼道、よく聞け…実は、不動が…』

「……えっ…」


不動の意識は戻ったらしい。しかし、病室に本人の姿はなく、ベッドサイドの窓が開いていたと。







絶望へのコール

それは君がいなくなった知らせ。


END
 
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