地上を行き交う人の群れ。それを雲に乗って空から眺めることが僕の日常。そして役目だ。

そう、神としての役目。

人間の善悪を見極めたり、裁いたりはしない。
ただ、人を眺めて見つけるだけ。その場に存在しえない者を。


「ん?あれは…」

しばらく眺めていると、行き交う人混みの中にいた一人の少年に目が止まった。
周りとはナニかが違う。あれだけ人が群れているというのに、誰も少年にぶつからない。
まるで、少年の周りだけ空間を切り取ったように。

「ふふっ…見つけたよ」

雲から飛び降り、羽を広げて地上に近付いた。勿論、普通の人間に僕の姿は見えない。普通の人間には。

少年に近付くと、少年の歩調が早まった。明らかに僕の存在に気付いている。
しばらく歩くと、少年は細い路地に入った。後をついて路地に入った。けど少年の姿はそこには無い。
感覚を研ぎ澄ませば気配はすぐ近付くにある。


(…ここだっ!)

「っ!?」


気配を感じた場所に手を伸ばすと、細い手首を掴んだ。ビクリと震えたその部分から、段々と全体があらわになる。
出てきたのは勿論さっきの少年。驚いて見開かれた瞳で僕を見ていた。


「分からないと思ったかい?
だけど残念だったね。僕に分からない事はないんだよ。僕は神だからね」

「チッ!」

「ダメだよ。…ヘブンズタイム」


手をかざし、魔力を放とうとするから手の動きを止めた。動かない手を動かそうとする彼は必死。
何故そんなに必死なのか。理由は簡単。


「君は、人間じゃないよね」

「……だったらなんだってんだよ」

「いや。ただ、何故地上に存在しているのかと思ってね」


核心を突いて大人しくなった彼は僕を睨みつける。眼力の強い碧の瞳。なんとも言いえない魅力がある。
天使のように明るいわけでも、悪魔のように暗いわけでもない。なんとも不思議な魅力が。


「……俺は地上が好きなんだよ」

「神の僕に嘘が通じると思ってるの?」

「………」

「答えはNoだよ。僕にはなんでも分かるから」


笑いかけるとやはり睨まれた。その目は『なら聞かなくても理由は分かるだろ』と訴えていた。
勿論分かっていた。
彼が天界に住まない理由も、彼がナニモノであるかも。

「君は、天界の契りを破り…堕ちてしまったんだね。
だから地上に存在している。天界に存在しないんじゃない。
存在出来ないんだ」

頬を撫でると、途端に瞳が細まる。哀しそうに…寂しそうに…。


「君、名前は?」

「人に聞く時は自分から名乗れよ」

「! 僕のことを知らないのかい?」

「知らない」


即答されてしまったことが少なからずショックだ。神である身だ。天界で知らないモノはいないハズだった。
しかし彼は僕を知らない。なんだか少し悔しい。


「僕は亜風炉照美。皆はアフロディと呼ぶ」

「アフロ?」

「アフロディ!…それで、君の名前は?」

「…不動、明王」


不動くん、か。彼には可哀相だけど、僕と一緒に天界に帰ってもらうよ。


「不動くん、僕と天界へ帰ろう」

「はっ?やだね。だいたい、俺は天界にはいられねぇ。
それはお前も自分で言ってるじゃねぇか!」


バサリと不動くんの羽が開いた。感情が高ぶっているのか、左右で開き具合がバラバラだった。
純白でもなければ漆黒でもない。純白がわずかな漆黒を吸い込んだ灰。美しい。欲しい。
僕はずる賢いのかな。彼を手に入れる方法が浮かんだよ。


「確かに天界には存在出来ない。でも神の側となれば話は別だよ」

「なに?」

「神は天界において絶対の存在。誰も僕を否定しない。否定出来ない。
つまり、僕が君を側においておくのも僕の自由だ」

「何が言いたい」


分かってるくせに。不動くんの顎を掬い上げて、真っすぐ向き合った。

「僕のモノにならないかい?」

不動くんは諦めたように小さく息を吐くと、僕に触れるだけの口づけをした。


「俺に拒否権はなさそうだ」

「僕は神だからね」


不動くんの羽に触れて、全ての羽を解放させる。わずかに散った柔らかい羽が僕の頬を撫でた。
ヘブンズタイムを解いた不動くんの手を取り、二人で地を蹴った。
段々と小さくなる人、道、建物…
あぁ、なんて狭い世界に彼はいたんだろう。でもこれからは違う。広い世界で、僕とともにある。

雲を越えた時、不動くんの目から一筋の雫が零れた。

「ようこそ天界へ。……お帰り」

泣きじゃくる彼を抱きしめて、今この場にある彼、不動明王の存在を確かめ、感じた。







神のみぞ知る

秘密の存在。
汚れを知らない、美しき堕天使。


END
 
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