風呂上がり。まだ髪から雫を垂らしながら携帯を握る。大好きな声を聞くために。
「ふーん。じゃあ次の日曜の練習相手って、先輩の学校なんだ。
部長、教えてくれなかったから気になってたんだ」
『手塚らしいっちゅーか、なんちゅーか。まぁよろしゅう頼むわ』
「うん。先輩、今度こそ勝負してよね」
知らずのうちに口元がニッと緩んだ。
『オーダー決めるんは部長やからなぁ。なんとも言われへんわ』
「ちぇ…」
『そう拗ねるな。ほな、ちゃんと髪乾かしてから寝るんやで』
「!…ウィーッス」
小さくおやすみを言って電話を切った。
親父の声が聞こえるくらい静まり返る部屋。電話を切る直前、先輩の言ったこと。
「なんで俺が風呂上がりって知ってんの…」
自分の行動が把握されてる。気恥ずかしくて、少し悔しい。けどその反面で嬉しかったりもした。
−−−−−
「やべっ、寝過ごした!」
日時の朝、時計の針は8時すぎ。学校への集合は8時。完全な寝坊。
グラウンド何周させられるか、なんてことを頭の片隅で考えてる自分は、やはり根がのんびりしてると思う。
今だってホントは走りたくなんかない。桃先輩や海堂先輩じゃあるまいし。
けど走る。これ以上遅れたら、殺人汁のオプションがついて来そうな気がするから。それに、早く会いたいから。
「越前!寝坊とはどういうことだ?
グラウンド20周!」
「っス…」
20周…予想より多くない数字に内心ホッとしながら走りはじめた。
菊丸先輩や桃先輩のからかう声は軽くスルーして、走りながらチラッと四天宝寺の方を見た。
皆コッチを見て苦笑い。ヒョウ柄は何か叫んでるけど無視。
でも一人だけ、口元を手の平で覆って、必死に笑いをこらえてた。
「……にゃろう…」
確かに10:0で寝坊した俺が悪い。でもあそこまで笑うことはないと思う。
早々にランニングを終わらせて、練習に合流。もうオーダーは発表されたらしい。
「ふーん…面白い組み合わせかもね(先輩とは当たらなかったけど…)」
先輩を見遣ると、残念だったな。みたいな顔でコッチを見てた。
−−−−−
「あんた、なかなかやるね」
「相変わらず生意気やな」
俺の相手は財前さんだった。流石に天才と呼ばれるだけあって手強かったけど、俺のが上だった。
「俺、お前に負けるんがいっちゃん悔しいわ」
「それはどうも」
去り際、すれ違いざまに交わした一言。どうしてだ、なんて理由は聞かない。この人も、あの人のことが大好きだって分かってるから。
譲るなんてこれっぽっちも思っちゃいないけど、この人は、というかあの人の学校は油断がならない。
だから行動は早めに起こさないといけない。
「俺以外に捕まるなんて、許さないから」
ピッ
送信完了の画面を見る前に携帯を閉じてポケットにしまう。練習中にいじってるのがバレたらグラウンド20周じゃ済まされないから。
−−−−−
〜♪〜〜♪〜
「ん?」
−−−−−−−
From 越前リョーマ
title 練習後
−−−−−−−
二人で会いたい
校門で待ってて
−−END−−
「(『別にかまへんよ』送信っと)……二人で…か」
−−−−−
快く返事を貰って、片付け、整備を手早く終えて、先輩達の誘いを断り急いで走って来た。
「先輩」
「お、来たか」
「ごめん、待った?」
「大丈夫や。俺も今さっき来てん」
「そ。じゃあ行こうか」
手を握ったりはしないけど、手が触れ合いそうな距離で並んで歩いた。
先輩が隣にいる。それだけで気分が高まる。
目的はない。ただ一緒にいたかっただけ。
しばらく歩くと、見慣れない露店があった。シンプルなのから細かいのまで、様々なシルバーアクセサリーが夕日の光りを反射していた。
「へぇ、かっこえぇなぁ」
先輩が手に取ったのは、シンプルなリング。中央に小さくクロスが描かれていて、派手さはないけど先輩に似合うと思った。
「これ、ください」
「へ!?え、越前?!」
先輩の制止を無視して、リングを露店のおじさんに渡した。
「まいどあり〜」
リングの入った袋を受け取ると、少し膨れた先輩の顔が目に入った。正直言って可愛い。
「いらん気つかいよって」
「俺が買いたかったからいいの」
少し歩いた所で、袋からリングを取り出そうとしたら…
「……あ、さっきの露店に忘れ物してもうた」
「忘れ物?じゃあ俺、取りに行こうか」
「えぇって。すぐやから」
走ってもと来た道を戻る先輩。でも先輩、忘れるような物持ってたっけ。
数分で先輩は戻って来た。でもその手にあったのは忘れ物じゃなかった。
「え…」
「俺が買いたかったから勝手に買った!」
先輩が持っていたのはさっきの露店の袋。ニッ、と悪戯の成功した子供のように笑う先輩。
ホント、勘弁してほしい。
「はぁ…こっち来て」
「へっ」
グッ
「!え、越前?どないしてん?!」
先輩の手を引いて、走ってその場を後にする。そうでもしないと、俺が色々ヤバかった。
走りついたのは人気のない路地裏。とはいっても脇に入ってすぐだから暗くはない。
「越前、どないしてん。急に走って」
どうしてって…そんなの…
「健二郎さんが可愛いこと言うから」
「え……んっ!」
襟を思いっきり引いてキスをした。先輩身長高いから、こうでもしないと出来ないのが悔しい。
驚いた顔をしてるのは、いきなりキスしたから。それと、俺が名前で呼んだから…かな。
「んっ…っは…!」
すぐに離れたけど、先輩の顔は真っ赤ですごく可愛かった。
「な、なんで…」
「先輩が可愛いから。だってソレ、俺のために買ってくれたんでしょ?」
先輩の手にある袋を指差せば、軽く顔を俯かせながらも小さく頷いた。
俺は自分の持っていた袋からリングを取り出して、迷わず先輩の左手を取った。はめるのはもちろん薬指。
「! え、越前…」
「ねぇ、俺の手にもはめてよ」
驚いている先輩を見上げる。何度か視線をさ迷わせてから、観念したようにリングを袋から出して、俺の左手を取った。
「サイズ、ピッタリだね」
「お、お前やって…!」
なぜだかお互いのサイズはピッタリで、把握していたのか無意識なのかは分からない。
でも無償に嬉しい。逆に先輩は恥ずかしいみたいだけど。
「なんか、結婚式みたいじゃない?」
「アホ。キスのが先にきとるやないか」
「ならもう一回する?」
「せんわ!」
黄昏にまみえる君との誓い
俺はいつでもあんたに誓えるけどね。
いつまでも愛してる、って。
END
−−−−−
マイナーにもほどがありすぎて笑えてきますね