※『濡れた猫』の続きです
言葉とは、人が自分の感情・思考等を第三者に伝えるためのモノである。
言葉には魂が宿ると言われる。所謂言霊と言われるモノ。
つまりは自分が口にした全ての言葉が、現実として起こりえてしまうと言うことだ。
時として言葉は残酷に働く。傷付け、蝕み、狂わせる。
そして何より、人を縛るのだ。
「なぁ総帥〜」
「なんだ」
「俺そろそろ宿舎に帰りたいんですけど〜」
日本の宿舎から拾われて早三日。連れて来られたイタリア街の建物。総帥と、総帥の新しいチームのメンバーが住んでるらしい。会ったことはないがな。
だが居心地がよかった。建物の様式や家具のせいもあるだろうが、何か雰囲気的なものが身体を包み込むような感覚だった。
だけど流石に飽きてきた。建物は広いし、屋内グラウンドもあるからサッカーも出来る。けど外には出してもらえない。絶対に。
だから少し、ほんの少しだけ、外に出られてた日本宿舎が懐かしくなった。たった三日だってのによ。だから我が儘を言ってみる。
「帰りたければ帰るがいい。貴様が私の元を離れられるとは、思っていないがな。
むしろ、貴様は私から離れることは出来ない」
どこからそんな自信がくるのか分からないが、言い切った。
いいさ。試してやるよ。
「じゃ、さよならな」
「すぐに戻るさ」
「けっ、勝手に言ってろ」
振り返らずにドアを閉めると、それと同時に、ニャーと鳴き声がした。声の正体は確かめるまでもない。
「どうしたユウト」
「ニャーッ」
あの日宿舎で見付けた、俺と一緒にここに連れて来られた猫。名前はユウト。勿論付けたのは俺。
抱き上げたら嬉しそうに頬を擦り付けて来る。俺も自然に顔が緩んだ。
「俺な、日本宿舎に戻るんだ。お前はどうする?」
「ニャ、ニャーッ!」
「ここがいいのか。じゃあお別れだ。
じゃあな…ユウト」
ユウトを降ろして玄関へと足を進めた。後ろからは、小さな足音と小さな鳴き声。
聞かない振りを決め込んで玄関のドアノブに手を掛けた。
「なんだ、戻るのか」
「!」
突然かかった声。ここに来て初めて聞いた声。ゆっくり振り返る。
「! き、どぅ…ちゃ」
そこにはドレッドヘアーにゴークルとマントの見慣れた風貌の奴が立っていた。
けどよく見れば、髪を結わう位置が低い。ゴークルの色も違って、マントには装飾がされている。
誰なんだ、コイツは…。
「俺は鬼道有人ではない。俺はデモーニオ。デモーニオ・ストラーダ」
「デモーニオ……で、見ず知らずのアンタが俺に何の用だよ」
「大した事じゃない。ただ、猫が鳴いていたから気になって来ただけだ」
デモーニオは足元のユウトを抱き上げて俺に近付いて来た。
「お前、本当に日本宿舎に戻るのか?」
「だったらなんだよ」
「お前に出来るかな?」
「……何が言いたい」
睨みつければニヤリと笑う。総帥と同じように。
瞬間、総帥とデモーニオの姿が重なった。
『日本の奴らはお前の心配などしているのか?』
やめ、ろ…
『代表の中でもお前は嫌われていたのだろう』
やめろっ
『コチラと関わったお前を、日本側が……鬼道が受け入れるとでも思っているのか』
やめろ!
『奴らはお前がいなくなって喜んでいるんじゃないのか?』
「やめろぉぉぉぉっ!!」
目の前が真っ暗になった。頭の中が真っ白になった。デモーニオの声が耳を蝕んで、頭の中は総帥の声がこだまする。
玄関を背にして、ズルズルと重力にしたがって座り込んだ。
視界が霞んで目の前にあるモノすら認識出来ない。
「総帥は言ったはずだ…離れることは出来ない。と」
一瞬の浮遊感を感じて、そのあとは覚えていない。気が付いた時には、総帥の部屋で眠っていて、腕の中にはユウトがいた。
けど、記憶が薄れる瞬間に鬼道ちゃんの声が聞こえたような気がした。
言葉に蝕まれ、縛られた。逃げることが出来なくなった。
手を取ったのは俺だけど、俺を縛り付けて離さないのはアンタの言葉。
俺に執着してくれた。嬉しいとか思う俺はおかしいのかもな。
アンタはどう思う?俺を離さない誰かさん。
言の葉
それは見えない鎖。
END