貴方は決して、人前で泣かない方だった。
でも以前、一度だけ貴方の涙を見たことがありました。
それは、なんでもない穏やかな日差しの中でした。

−−−−−

ある日の昼下がり、ポカポカと暖かな陽気が全身を包んでいた。
こんな日はいい。エルが昼寝をしていて私の時間が乱されることがない。
皆も思い思いの時間を過ごしているようで、リニョの走り回る声が聞こえてくる。
私も読みかけの本があったことを思いだし、せっかくなので外で読書に勤しむことにした。
どこかいい場所はないかと探していると、どこからともなく鳥のさえずりが聞こえてきた。

「いったい何処から…」

さえずりを頼りに歩いて行くと、一本の橋がかかっていた。柔らかな朱の漆塗りで、下にはサラサラと小川が流れていた。
小川の水は日差しを浴びてキラキラと輝いていて、とても綺麗だった。
しかし、ここで疑問が浮かぶ。こんな橋も小川もこの敷地内には無かったはずだ。
なら何故こんな物がここに有るのか。

「まったくもって、不思議ですね」

橋を渡り対岸に降り立つと、足元から緑が広がっていった。まるで魔法のように。
先へ進むにつれ、日差しが柔らかくなり周りの音が小さくなっていった。そのなかに、一本の木が佇んでいた。
木の根本には人影が一つ。私はその人影を見て納得した。

「あぁ、やはり貴方でしたか」

人影の正体は、桃色の髪を風に揺らすメッドだった。
いつもの緑のターバンは外して膝の上に置かれていた。
翡翠の目は閉じられ、薄く開かれた唇からは小さく息が吐かれていた。
どうやらここは彼が午後の休息をとるために作り出した空間だったようだ。
しかし、ここまでプライベートな彼を見るのは初めてだった。
なんだか新鮮な気分になって、メッドの前に屈み込んだ。
起こさないようにと思いながらも、自然と手が伸びてしまう。もう少しで指先が触れる…


ツーッ…

「え…」

閉じられた瞼の間から一滴の雫がこぼれ落ちた。
一瞬にして時間が止まった気がした。
決して涙を見せなかった彼が、泣いている。


「…っ、わ…んっ」

「! メッ…ド…」


聞き違いではない。自惚れでもない。確かに彼は私の名前を呼んだ。
どうしようもなく愛しくなって彼を抱きしめた。


「メッド…メッド…!」

「ぅ……わ、ん…?」

「はい。私です。ちゃんとここにいます」

「っ…よかった、でアルっ」


メッドもしがみつくように私の身体を抱きしめてくれた。
穏やかな日差しのなかで、彼の嗚咽だけが私の鼓膜に届いていた。

−−−−−

「あの時、メッドはどんな夢を見ていたのでしょうか」

今となっては聞くタイミングも逃してしまい、真実を知ることは出来ないでしょう。


「王!待たせてすまんでアール。今日はどんな話しを聞かせてくれるでアルか?」

「そう焦らないで下さい。お話も私も、逃げたりしませんから」


彼の涙を見たのは後にも先にもその一度だけ。
しかし、その疑問は私の中だけに留めておきましょう。







一滴の真実

今彼は、私の隣で笑っているのだから。


END

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