部屋を出た小石川は、ロビーから少し離れた自販機で、最近のお気に入りのボタンを押した。
出てきたペットボトルを手に、ロビーのソファーに腰を下ろした。
「さぁて……どないしよ」
小石川は先程渡邉に言われたことを考えていた。
各部屋の様子を見る。との内容だが、小石川はこの行為に意味を見出だせなかった。
「別に様子見ぃひんくてもなぁ…
3-2は白石おるから大丈夫やろ。
ラブルスはユウジだけやろな、大泣きするんわ。けど、ユウジなら小春の気持ちに気付く。
師範のとこは問題ないな。師範なら、上手いこと財前の本音引き出せるはずや。
金ちゃんと……千歳は…子供らしく泣きじゃくって、疲れて、二人して寝てもうてるやろな。
まぁ、オサムちゃんには‘問題無し’で報告しとこ」
自分の考えをまとめた小石川は、よしっ、と一つ頷きペットボトルの蓋を開けた。
プシュッと炭酸が抜ける独特の音が小さく木霊する。
小石川は言葉を吐き続けた口内に、沢山の小さな刺激を流し込んだ。
喉に刺激を通すと、一つ息を吐き蓋を閉めた。
「さてと、俺もそろそろ…?」
部屋へ戻ろうと立ち上がると、突如震えたポケット。
渡邉からの着信かと思い取り出したディスプレイには、見慣れた苗字と、ソイツとは異なる名前。
「なんやろ、こないな時間に……もしもし」
『健二郎、俺やオレ』
「オレオレ詐欺は受け付けておりません。では」
『ちょ、ちょお待ち!
侑士や、忍足侑士!』
「分かっとるわ。何の為にディスプレイがあんねん」
『分かっとんならボケんといてや…
お前のボケ、9割本気に聞こえるから、心臓に悪いわ』
「そらすまんな。気ぃつけるわ」
気をつけると言いつつも、小石川の顔は笑っていた。
「で、何の用や。こない時間に」
小石川の問いに、忍足は数秒ほど黙り込み、呟くように言葉を紡いだ。
『外、出てこんか?』
「外?………おるん?」
『白馬には乗ってへんけどな』
ふざけたように笑う忍足に、小石川は問う。
「甘い台詞くらいあんねやろ?」
『もちろん』
「上等や」
満足げな笑みを浮かべ電話を切ると、小石川は近くの非常口を使い外に出た。
−−−−−
「よぅ、思うてたより早かったな」
「そら非常口つこたからな」
忍足の姿は思いの外すぐに見付かった。
小石川は、近くにあったベンチに腰を下ろし、忍足を見た。
「わざわざ来てくれて、おおきに」
「かまへん。それに、俺がお前に会いたくて来たんや」
忍足も小石川の隣へ腰を下ろし、小石川が投げ出していた右手を、自分の左手で握った。
「見たで、試合」
「さよか」
「お前、ずっと千歳のこと見とった」
「そんなこと……あるな」
「否定せんのかい!…ホンマに、妬いてまうかとおもたわ」
この時、忍足が手を握る力を強めたのを、小石川は気付かないフリをした。
「安心し、そんなんちゃうから。
……わかってんねん、試合に出られへんのは俺の実力が足らんからやって。
でも…」
忍足の心配をやんわりと否定し、真意を語る小石川。
その身体は小刻みに震え、それは手を握る忍足にも伝わっていた。
「でも悔しくてしゃあないねん…自分が嫌になるほどに。
アイツがおらんかったら…アイツがうちにこんかったら…って。
そればっかり考えてしもて、実を言うと、試合の内容もよう覚えてへんのや」
「………まぁ、それでもえぇんと違うか?
少なくとも俺は、お前が嫌な奴やとは思わへんよ。
試合の内容なら後でたっぷり聞かしたる。やから…」
一度言葉を切った忍足は右手を小石川の顔に添えた。
小石川は別段驚くわけでもなく、静かに忍足の瞳を見つめた。
「そんな顔せんといて」
忍足は、チュッ、と小さくリップ音を鳴らしながら、小石川の額に唇をあてた。
「そないに酷い顔しとるか?」
「俺が心配になる程度には、な」
「…すまんな。それと……ありがとう」
瞳を細め、小さく口角を上げた小石川に、忍足も安堵の表情を浮かべた。
その後、たわいもない話に花を咲かせていた二人だが、突如小石川のケータイが鳴った。
「もしもし?」
『小石川!お前今何処におんねん!?』
電話口の口調は焦りの一色。
「何処って…ホテルの庭」
『に、わっ…?
なんや、驚かさんといてぇな…』
「驚かすな、はこっちの台詞や。
いきなり怒鳴りよって……で、なんで電話してきたん?」
『え…あぁ、オサムちゃんが「“俺の”健二郎が帰ってこん!」とかぬかしよるから、とりあえず縛り上げて千歳が抑えつけとる』
「………質問と返答ちゃうけどなんとなく理解したわ。
今戻る」
電話口の騒音の一切を無視し、小石川は電話を切った。
「すまんな、戻らなあかんわ」
「かまへん。今度はプライベートで会いに行くわ。
ほなまたな、健二郎」
「待ってるからな、侑士」
どちらからともなく重なる手を離し、小石川は忍足の背を見送った。
「さて…戻るか」
忍足の背が視界から消えた頃、小石川は非常口に向けて歩みを進めた。
仲間への言い訳を考えながら。
弱さの片鱗は君との逢瀬で
弱音をはけるのは、君がいるから。
END