全国大会準決勝、大阪四天宝寺中学テニス部は青春学園テニス部に敗れた。



「はぁ…なんやごっつ疲れたわ」

「オサムちゃんはベンチ座っとっただけやんか」

「……精神的にっちゅーことで」


試合終了後、宿泊しているホテルへと戻って来た一同は各自部屋で休憩を取っていた。
同室の渡邉と小石川は、渡邉はベッドへ身体を沈め、小石川はソファーに腰掛け談笑をしていた。
人数の関係上、監督と生徒だが、二人は同室であった。


「にしても、あそこで謙也が千歳に試合譲るとわ…アイツも男やな」

「試合には出られへんかったけど、千歳がやめんでよかった。て謙也なら言うんやないですか」

「せやな……なぁ、小石川」

「なんですの?」


ゆったりとした動作で起き上がり、渡邉は小石川の頭に手を置いた。

「お前は、泣かへんの?」

勝敗が決したあと、レギュラー達はそれぞれに涙を流していた。
負けた悔しさ、試合の充実感、良い出会い、しばしの別れ。
白石や財前でさえ、目元を潤ませていた。
しかし、渡邉は気が付いた。
彼だけは、涙を流さず静かにコートを見つめていたことを。
少し寂し気な声で問われた問いに、小石川は頭に置かれた手を退けようともせず、ただ小さく頷いた。

「俺は泣きません。俺よりも、試合した白石達や、試合譲った謙也のが泣きたいやろうし、その資格があります」

微かに微笑む小石川に、渡邉は胸が締め付けられた。
何故彼は笑うのか。
何故他人を優先してしまうのか。

「お前は…悔しないんか?最後の試合やったんや、出たかったやろ。
オーダーを組んだのは俺やけど、お前が朝早くから練習頑張っとったん知っとるし、全国楽しみにしとったんも知っとった…」

渡邉は唇を噛み締め、俯いた。
その様子を見ていた小石川は、頭に置かれた手を取り、両手で握りしめた。
その行動に驚き、顔を上げた渡邉の目に飛び込んできたのは優しげに微笑む小石川だった。


「泣いてもえぇんやで、オサムちゃん」

「なっ…何言うて」

「俺、思うんよ…ううん、ずっと思うてた。
一番泣きたいんは、試合した奴らでも、試合せんかった俺らでもない…オサムちゃんや、って」


そう語る小石川の口調は穏やかで、まるで親が子をあやす様だ。
しかし、とうの渡邉は困惑していた。

「なんで…なんで俺が泣かなあかんの?
試合は勝てへんかったし、銀さんの腕は折れてしもうたし…お前をっ、試合…出せへんかった…!」

苦しそうに、悔しそうに語る渡邉の背を、ポンッと小石川は軽く叩いた。

「確かに決勝には行けへんかったし、師範もこれから大変やろうな。
俺も、試合に出られんくて、悔しない言うたら嘘んなる。
でも、その全てをオサムちゃんは受け止めとる。
やから、一番悔しくて、辛いのはオサムちゃんや」

そう言うと、小石川は背に置いていた手で渡邉の身体を引き寄せた。

「ここなら誰も見てへんよ。
一人になりたかったら俺も出てくし、な?」

渡邉はフルフルと頭を振り、小石川にしがみついた。


「こいしかわぁ、お前ホンマ出来た男やなぁ。
いち、コケシッ…やる…わっ…!」

「さよか…ほんなら、有り難く頂戴しとくわ」


どこか嬉しそうに笑う小石川の右手は、渡邉の今は少し小さな背中をそっと撫でていた。





「落ち着いたか?」

「あぁ。それに、教師がいつまでもこの様はあかんやろ」


小石川の腕の中、渡邉は苦笑をこぼした。
小石川は渡邉を解放し、財布と携帯を持ってドアノブに手を掛けた。


「ジュース買うついでにホテルん中散策してくるわ。
金太郎とか迷子になるかもしれへんし」

「言えてるな。ほんなら悪いんやけど、他の部屋の様子、見てきてくれへんか?」

「お安いご用や。ほな」


軽く片手をあげ、小石川は部屋をあとにした。


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