知ってたよ。俺はお前の一番じゃないって。
俺がいくらお前のことを好きでも、お前の中の一番はあいつなんだろ。
でもお前は知らないんだろうな。



「きょーうのご飯はなーにっかなー♪」

先程まで出かけていた実習から戻った勘右衛門。同室の豆腐小僧に、先に食堂に行くと告げ、長屋の廊下を歩いていた。
しばらく歩くと、先に見知った顔が一人。と、隣に同じ顔がもう一つ。

「雷蔵と鉢屋だ」

二人が共に行動することは珍しくなかった。むしろ、一人でいると軽く違和感を覚えるほどだ。
しかし、今の状況はいつもと違う。何が違う?と問われれば、応えに戸惑うと思われる。そんな小さな違和感。
しかし勘右衛門は、確かにそれを感じていた。
声を掛けようと一歩踏み出していた片足は、床板に張り付きそれ以上前に出ることはなかった。
視線もずっと二人を捕らえたままで、逸らすことをしない。
そっと気配を殺し、柱に身を寄せるようにして、勘右衛門は二人を見つめた。

(あぁ…お前は焦りすぎだよ)

心の中で呟きながら、二人を見つめる瞳を細める勘右衛門。その瞳はどことなく虚で光はない。
その視線の先で、三郎が雷蔵に顔を近付けた。
しかし雷蔵は三郎を避けるように身を反らし、その場を去っていた。
残された三郎は、悔しい。と言わんばかりに拳を握り、歯を食いしばっていた。それを見ている勘右衛門は、乾いた笑みを浮かべた。

「まだ気付いてないのかなぁ……まぁいいけどね。
はーちやっ!」

勘右衛門は、まるで今ここを通ったばかりだ。というような態度で三郎に声を掛ける。鉢屋は少し目を見開いたが、すぐに普段の顔…雷蔵の顔に戻った。


「勘右衛門、どうかしたか」

「いや、食堂行こうとしたら鉢屋が見えただけ」

「そうか……行くか、食堂」

「うん!」


ニッコリと笑みを浮かべた勘右衛門は、先を歩く三郎の後ろを歩きだす。その表情は段々と笑みを失い、無表情になっていった。


「なんで俺じゃないのかな…」

「何か言ったか?勘右衛門」

「ううん、なんでもないよ」

「そうか」


三郎の問いに笑顔を見せる勘右衛門。それは三郎ですら気が付かないほどの、見事な作り笑いだった。



−−−−−

食事を済ませた勘右衛門は、一人木に腰掛けていた。先程から足元を数人の一年生が走り過ぎて行く。
その中には勘右衛門自身の委員会の後輩もいたようで、勘右衛門は自然と口元をほころばせた。


「勘右衛門」

「…何、雷蔵」


いつの間にか勘右衛門の隣に腰掛けている雷蔵。別段驚きもせず、視線も向けぬままに返事を返す勘右衛門。その様子に雷蔵は苦笑いを浮かべた。


「いくら僕でも、そんな反応されたら傷付くな」

「別に雷蔵が傷付こうが俺には関係ないよ」


これ以上関わるまいと勘右衛門は立ち上がり、飛び降りる体制に入った。
刹那、普段よりも低く、囁くような呟きが、勘右衛門の耳に木魂した。


「でも、僕が傷付いたら……三郎が悲しむよね」

「っ!」


動揺。今の勘右衛門にはそれだけだった。足が枝から滑り落ちる。浮遊感を覚えた身体は、重力に従い地面へ向かう。
受け身を取れず、地面との衝突を覚悟した勘右衛門はきつく目を閉じた。

ドサッ

しかし身体に感じた感触は、地面のそれとは似ても似つかないものだった。


「ったぁ…」

「っ!は、八っ大丈夫?!」


勘右衛門を受け止めたのは八左ヱ門だった。傍らには放り出されたであろう虫取り網が転がっている。


「ん?あぁ、平気平気。お前こそ、怪我ないか?」

「え…あ、うん」

「そっか。ならよかった!」


安堵の笑みを浮かべた八左ヱ門は、俺、毒虫捜索の途中だから!と走り去って行った。
八左ヱ門の背を見送っていた勘右衛門は、背後に気配を感じた。見知った気配は、先程まで隣にいたもの。その雰囲気は、どこか暗く、沈んでいた。


「勘右衛門…」

「…何」

「っ……ごめんっ…!」


振り向かずとも勘右衛門には分かった。深々と下げられた頭。震える肩。そして、弱く握られた装束の裾。


「もういいよ、雷蔵」

「でもっ…」

「八のおかげで怪我はしてないし、俺も油断してたから」


振り向き雷蔵を見遣ると、だから気にするな。と勘右衛門は小さく笑みを浮かべた。頭を上げた雷蔵は、それでも俯き加減に呟いた。

「…そんなに三郎が……好き?」

勘右衛門は少し目を細め、口元の笑みを深くした。そして彼らしく、迷いのない口調で言った。

“好き”

それはなんとも一途で、純粋で、透明で、偽りのない想い。
雷蔵にとってそれは、とても魅力的で、眩しくて、心の奥底から‘邪魔だ’と思えるモノだった。

(どうしてそこまで想うの…三郎は、君を幸せになんか出来ないのに…)

胸の奥を黒く染める雷蔵。それに背を向ける勘右衛門は、小さく口角を上げた。



雷蔵、君はやっぱり優しいね。だけど、優し過ぎるからかな?何も分かってないんだね。
君が考えてることは分かるよ。間違いだらけだけど。君は根本を履き違えてるんだ。
俺達は忍者である前に人間だ。人間の感情なんて、脆くて、儚くて、確固たるものじゃないんだよ。
人の考えなんて、結論が出てみなきゃ分からないんだよ。もちろん、それは鉢屋にも言えることだけど。







←←(→)←Triangle

でも忘れないで。
そんな俺も人間なんだよ?


END

−−−−−
矢印の配置は雷←鉢←勘(→)←雷って感じで
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