「さぁて…俺のむぞらしか健ちゃんば傷つけたんは、どこん命知らずと?」
「俺に消されたいのはどこのどいつや…?」
腕を組み仁王立ちをする千歳と、目を光らせ、射抜くような視線を向ける白石。
二人とも、首謀者である三条を見つめていた。
「ちとっ、せ…しらぃ…し…っ!」
自分の身を護る様に抱え込み、必死に震えを抑えながら、小石川は二人を見上げた。
「!…ごめんな、健ちゃん…守ってやれんくて…」
白石は自らの上着を小石川に羽織らせ、優しく抱きしめた。
「しら、いしっ…白石!」
小石川は白石のシャツを出来る限りの力で掴んだ。
しばらくの嗚咽の後、小石川は気を失った。
「千歳、健ちゃん…頼むわ」
「任しとくったい」
千歳は白石の元から小石川を抱き上げ、その場を後にした。
そして白石は…
「で?お前等、健ちゃんに手ぇ出したっちゅーことは…死ぬ覚悟は出来てるっちゅーことやな?」
普段の白石からは想像もつかない低い声音、鋭い眼光、そして…溢れる殺意。
「ち、違うの白石くん…!
私はっ、貴方が迷惑してると思って…貴方のためを思っt『黙れ』っ!」
「俺のため?ほんまに俺のため、思ってくれるん?」
「! もちろんよ!貴方のためなら、なんだってするわ!」
嬉しさを露にし白石に近づく三条。
対照的に、白石は妖しくニヤリと微笑む。
「ほんなら…消えて?」
えっ…と三条の思考が停止しきる前に、後方に控えていた男子生徒は倒れていた。
「骨ないなぁ…」
「し、白石…く…」
「アンタもこうなりたなかったら、早う俺の前から消え」
白石が一際鋭い視線を向けると、三条は膝から崩れ落ち、床を這うようにその場を逃げ出した。
「さて、行くか」
白石は僅かに乱れた包帯を直しながら、小さく振動する携帯を開いた。
『保健室』の三文字に、白石は駆け出した。
−−−−−
「千歳」
「白石、片は付いたと?」
「おん。健ちゃん…ほんまにごめんなっ」
白石はベッドに横たわる小石川の手を握った。
その手は震えていた。
すると、震える手を、少し小さな手が握り返した。
「! 健…ちゃん?」
「助けてくれて、おおきに…それと……ごめんな」
「え…な、なんで…」
白石は、何故謝罪を受けるのか分からず、戸惑いの視線を向けた。
「さっき、怒鳴ってしもたから」
「そんなん気にせぇへん!
それより健ちゃん、あんなん、初めてとちゃうん?」
「……おん。あんな風に襲われたんは初めてやけど、噂やなんかのせいで絡まれたりなんかはしょっちゅうや」
苦笑を零す小石川。
そんな小石川の姿に白石は胸が締め付けられた。
白石を見遣り、小石川はぽつりぽつりと話し始めた。
「入学した当初は、男子の友達もおった。
むしろ多かったくらいや。
せやけど、一年の夏を堺にあの噂が広まってん…」
あの噂…男子生徒が小石川を避けている理由だ。
「健ちゃんの噂は全部出鱈目ばい。
喧嘩の話しは、学校帰りに倒れちょった不良を助けただけと。
刃物の話しも手を怪我した友達ば手当しちょっただけばい!」
補足するように話す千歳も、悔しさからか表情が歪み、声を荒げた。
「おおきに千歳。それから、今まで仲良うしとった奴らが俺っ……ウチを、避けるようになっ、て…!」
目元を隠す様に腕を持ち上げる小石川。
声に、溜め込んでいたものが溢れ出した。
「噂っ、流した奴、に心当たり…あってん…入学、式で告られ、て…断った奴、やった…」
「っ!そんなん、ただの逆恨みやないか!
なんで健ちゃんが苦しまなあかんの!?」
「せやな…的外れもえぇとこ、や…
けど、女子はウチを信じてくれてん」
噂が流れた時期と小石川が男の格好を始めた時期は一致していた。
白石が小石川と出会ったのは、それから少し後のことだった。
「でな、絡まれたりする時、決まって向こうが『女のくせに』って言うねん。
それ、っが…悔し、て…泣いてしもて…それをお前に見られたっちゅーわけ、や…」
「健ちゃんは頑張っとうよ。
ばってん、少しは肩の荷、下ろしても罰は当たらんばい」
千歳は小石川の頭を撫で、保健室を出た。
二人になった小石川と白石の間には沈黙が流れていた。
そんな中、先に口を開いたのは白石だった。
「なぁ健ちゃん…明日から、女の子に戻らへんか?」
「えっ…」
「噂が不快やったら耳に入れさせん。
絡まれるなら護る。
寂しいなら側におる。
好きや…健ちゃん」
いつもの砕けた“好き”ではない。
心の底からの“好き”
「白石……受けとったで、お前の気持ち。
返事…明日必ずするわ」
「おん」
その後、二人は他愛のない話しをし、白石は外で待機していた千歳に小石川を任せ帰路に付いた。
−−−−−
翌日、早目に登校した白石は窓辺で頬杖を付いていた。
そんな白石に近付く人物が一人。
「白石…」
「…なに、謙也」
前日に気まずくなってしまった謙也だ。
謙也は一度白石から目線を逸らしたが、意を決したように頭を下げた。
「すまんかった!」
謙也の行動に目を見開く白石。
そんな白石に気付かず、謙也は続ける。
「昨日お前がおらんくなってから、ほんまの小石川ってどんなやろ?って考えてん。
したら俺等、何も小石川んこと知らんくて……やのにあんなこと言うて!
ほんまにすまんかった!」
先程よりも深く頭を下げる謙也に、白石は近付き、肩に手を添えた。
「もうえぇ。あぁは言うたけど、俺も健ちゃんのこと全然分かってへんかっt『誰やあのかわえぇ子!?』うっさいわボケカスこらぁ…人がせっかくえぇ話ししとる時に…」
「まぁまぁ;
にしても、廊下騒がしないか」
白石の台詞を遮った一声と、謙也の一言で二人は廊下に目を向けた。
そこには少し俯きながら歩く一人の女子生徒がいた。
「!…健ちゃんっ!」
そう叫ぶ白石に、謙也は目を見開く。
「え、ほ、ほんまに小石川?!」
白石はコクりと頷き、小石川に駆け寄った。
「健ちゃん、めっちゃかわえぇよ」
「うっさい、黙れ…」
顔を逸らす小石川だが、頬が微かに赤らんでいた。
白石がクスリと微笑むと、小石川は赤らむ顔を白石に向け、白石のシャツを掴んだ。
「え、えっと…健、ちゃん?」
「ウチ、言葉で伝えんの苦手やで…かんにんしてな」
そう言うと、小石川は掴んだシャツを思い切り引いた。
チュッ
「っ!?!」
「ウチも……アンタが好きや」
フワリと笑む小石川を、白石はたまらず抱きしめた。
−−−−−
公開告白から数日後、二人がキスをした瞬間の写真が学校新聞の一面を飾っていた。
あの場に居合わせた新聞部部員がシャッターを切っていたのだ。
「あれま」
「あれまちゃうわ…ほんま死にたい…」
「まぁまぁ!これで全校公認なんやし♪」
「うーん……まぁ、白石に言い寄る奴がおらんくなるなら…えぇかな」
そう言いながら微笑む小石川に、白石は理性を必死に堪えていた。
その後、白石に迫る者はいなくなったが、小石川は『王子』から『姫』となり、迫られることが増えたとか。
「絶対に渡さへんからな!」
恋した君は
とても可愛い女の子。
END
−−−−−
なんか長くなった…纏まらない…しかしラストが書けたから満足。