見せて下さい。
教えて下さい。
本当の君を。
















「健(タケル)ちゃ〜んvV今日もかわえぇなぁ♪」

「ウザい。黙れ。百ぺん死ね」


大阪四天宝寺中には、最早日常となりつつある風景がある。それは先程の会話。
学校一のモテ男・白石蔵ノ介と、学校一女子にモテる女子・小石川健の会話。


「なぁなぁ、今日こそ一緒に昼食べようや」

「俺は一人で食べるんや」


白石は容姿もよく、頭脳明晰、スポーツ万能で、言い寄って来る女生徒は他校にもいるほどだ。
しかし、今の白石には小石川しか見えてはいない。
小石川も白石同様に容姿がよく、頭脳明晰でスポーツ万能。
制服も男子制服を着用し、男子生徒よりも男前だと、女生徒からは『王子』と呼ばれていた。
小石川は男に興味がなく、今まで誰の告白にもOKを出したことがない。
故に白石のことも軽く受け流していた。

−−−−−

「お前もよぉ粘るなぁ」

昼休み、一緒に弁当を食べていたクラスメートの忍足の言葉に、白石は箸を口に含んだ状態で首を傾げた。


「何の話や」

「何のって、小石川や小石川」

「あぁ!健ちゃんってホンマに可愛いよなぁVv」

「やからそこや!」


思わず白石を指差す忍足に、どこや?と後ろを振り返る白石。
迷わず脳天に忍足のチョップが入った。

「こんな時だけお笑いのスキルいらんねん!
俺が言うとるんは、なんで毎日毎日、小石川に絡むんやって話や」

忍足の言葉に、周りの視線も白石に集まる。
痛みに頭を抑え呻いていた白石は、さも当たり前と言う様に言い放った。


「そんなん、好きやからに決まっとるやろ」

『『………はぁぁぁあぁぁ?!?』』


教室全体から声が上がった。主に男子生徒から。


「おまっ…それマジか」

「大マジや」


なおも表情を崩さない白石に、忍足は、もしやと思い確認する様に聞いた。

「お前、まさか知らんわけやないやろ?小石川健の噂」

彼女、小石川健には、ある噂があった。
内容は、殴り合いで相手を病院送りにした。
同級生を刃物で傷付けた。等、あまり穏やかな内容ではなかった。
そんな噂のせいで、小石川は男子生徒からは避けられており、それを埋めるように女生徒からは慕われていた。
穏やかでない噂の内容…しかし、穏やかでないのは、噂の内容だけではない。
忍足の話しを黙って聞いていた白石の表情も、段々と歪んできていた。


「そんなん、ただの噂や。根も葉も無い噂」

「せやけど、実際にその現場を見たっちゅー奴もおるし…」

「ほんなら証拠でもあるんか?
ホンマに健ちゃんがそれをやったっちゅー証拠が」

「それは…」


忍足は言葉に詰まった。
確かに、噂で聞いただけで、そんな事実があったのかすら知らない。
けれど、周りが言っているからと、自然と彼女に対して恐怖に近いモノを感じ、関わることをしなかった。避けていた。

「…不愉快や」

白石は広げていた弁当を素早くまとめ、立ち上がった。


「おい、白石!どこ行くねん!」

「健ちゃんを悪く言うような奴はごめんやで、お前でも許さん。
次の授業、サボるから」


そう言って白石は教室を出て行ってしまった。
今まで一度もサボった事などない白石が、自らサボりを宣言した。
つまりはそれほど小石川に本気だということだ。
教室を出た白石は、食べかけの弁当をどこで食べようかと模索していた。
特別教室等は鍵が掛かっていて開かない。
そんな中で唯一開いている場所…

「屋上しかないか」

屋上を目指し階段を上るが、誰とも擦れ違わない。
しかし微かな人の気配があった。

「先客か…まぁしゃーないな」

そう思い扉を開けると、見知った顔が白石を見て目を見開いていた。


「! しら、ぃ…し」

「えっ…健、ちゃん?」


屋上にいたのは小石川だった。
周りには誰もおらず、一人で弁当を広げていた。


「なんや、健ちゃん、いつもここにおったん?」

「そうやけど…それがなんや」

「一緒してもえぇ?」

「……勝手にせぇ」

「おおきに♪」


白石は小石川と背中合わせになるように座り、弁当を広げた。
二人の間に会話はない。二人の間を風が通り抜けていく。
静かな空気を破ったのは、意外にも小石川の方だった。


「お前、イツモのお友達はどないしてん」

「お友達?…あぁ、謙也のことか。アイツは教室や」

「えぇの?俺は別にかまへんけど」

「えぇの。アイツ、健ちゃんのこと悪く言うたんやから」


小石川は、俺のこと?と首を傾げ、白石の方を向いた。
白石も、小石川の方を向き、小さく頷いた。


「アイツ、健ちゃんは危ない噂があるからって…」

「噂……あぁ、あれのことか」

「健ちゃん、なんも言わへんから、皆好き勝手に言うて…」


白石は苛立つ様な口調だが、噂の中心にいる当の本人は、別段気にした様子もなく食べ終わった弁当を片付けていた。


「言いたい奴には言わしとけばえぇねん」

「! せやけどっ!」


顔を歪める白石に、小石川は小さく笑った。
白石は、見たことのない表情にドキリと心臓が鳴った。
小石川が浮かべた、諦めた様な、憂いを帯びた綺麗な微笑に。


「嬉しないねん」

「え…」

「確かに避けられとるんは正直寂しい……けど、無理して仲良ぅされても、嬉しない」

「健ちゃん……俺は、ちゃうからな!
俺はちゃんと健ちゃんが好きやからな!」

「!……おおきに、白石」


再び笑みを浮かべた小石川。つられるように白石も笑みを浮かべた。


「あんな健ちゃん」

「なんや」

「俺な、初めて健ちゃん見たのも屋上やってん」

「えっ…」


白石は唐突に、初めて小石川を見た時の事を話し出した。
すると、目に見えて小石川の表情が引き攣った。
しかし、白石はそのことに気づかない。


「そん時の健ちゃん…膝抱えて泣いとった」

「っ!」

「それ見て、あぁ、やっぱり女の子やねんなぁ。って『ちゃうっ!!』っ!…健、ちゃん…?」


白石の言葉を遮り、声を荒げ、勢いよく立ち上がった小石川。
その顔はクシャリと歪み、拳はきつく握られていた。


「健ちゃん、どないしてん…」

「……な、か……ぃ…」

「えっ」

「泣いてなんかない…!もう…俺に構うなっ!!」

「健ちゃん!」


クルリと白石に背を向け、扉に向かい走り出す小石川。
白石は引き止めようと腕を伸ばすが、すんでのところで小石川の手が掴めない。
そのまま小石川を追いかけ、階段を駆け降りる白石。
錆びれた金属音と共に閉まる屋上の扉。
その扉の影から、小石川は白石の背を見送っていた。

「かんにんな…」

ポツリとそう呟くと、小石川は再び屋上の扉を開いた。
ゆっくりと一つ深呼吸をして、携帯を取り出し、素早くアドレス帳を開いて、メールを一通送信した。
本文にはただ『屋上』の二文字。
送信完了の画面を確認すると、小石川は携帯を閉じ、入口から死角になる場所に腰を下ろした。

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