「健二郎、昼飯食おうや!」

「おん。せやけど俺次の授業移動やで、準備してから行くわ」

「さよか、なら先行って待っとる!」


ニコニコと気持ちが悪いくらいの笑顔を振り撒く白石。
でもその笑顔を向けるのは小石川がいる時だけ。
二人が付き合っているのはテニス部だけの秘密だ。
二人が一緒にいるのは以前から変わらない。そのおかげもあってか、周りに二人の関係を怪しむ者はいなかった。
一部の女子が少し騒がしくはなったが…

「お前らホンマに仲えぇな。ラブラブっちゅーやつか」

このクラスの奴らは次の移動のために、弁当やコンビニの袋を持って早々に出て行った。今ここにいるのは俺と小石川だけ。
小石川のクラスに用のあった俺は、先程の二人の会話を聞き素直にそう思った。
でも俺がそう言うと、小石川が何故か首を傾げた。


「なんや、お前もそう見えるん?」

「いや、皆思うてるって。仲えぇ恋人同s『それちゃうよ』は?」

「俺とアイツは恋人やないで。少なくとも、俺は思うてへん」


訳が解らない。何故そんなことを言うのか。
恋人と思ってない?ならなんで…


「なんでや……やって、白石がこの前、デートでキスしたんやって…アイツ、メッチャ嬉しそうで…!」

「あぁ、確かに喜んどったで?
けどそれがなんや?」


小石川の表情は変わらない。喜怒哀楽を取り払った表情。

「!…っ、お前がそないな奴やなんて思わへんかった…小石川、お前もう白石に近寄るなや…!」

こんな奴を白石の隣に置いてはおけない。こんなことを知れば、白石が壊れてしまう。


「……ハハハッ!」

「何がおかしいねん!?」


でも必死に考えを巡らす俺と相反して、小石川は笑った。
でもその笑いはすぐに引いた。一瞬にしてさっきの表情に戻っていた。


「謙也、お前…なんか勘違いしとるで?」

「勘違い…やと…?」

「俺が離れたところで、アイツは俺から離れへんよ」


そんな自信はどこからくるのか、余裕たっぷりな口ぶりの小石川。


「そんなんわからんやろ!」

「分かる。アイツは、もう俺なしやとあかんねん」


イツモの優しげな瞳が、口元に浮かぶ孤とともに細められた。
ゾクリとした感覚が背中に広がって、うっすらと冷や汗が浮かんだ。

「謙也の言いたい事は解らんでもないんやで?
友達は大切にせなあかんしな」

友達は大切にする…ならなぜ恋人を大切にしないのか…

「お前…白石のこと、好きなん?」

一番知りたい疑問。白石は目に見えて小石川が好きだ。
だが小石川は…


「好きやで」

「へ…」

「やから、好きやって。
ちゅーか好きやから一緒におるんやろ?」

「でもお前、恋人やないって…」

「恋人やないと、一緒にいたらあかんのか?」


言われればそうだと思う。確かに、好きで一緒にいたら、必ずしもそれが恋人とは限らない。
男同士ならなおさら。


「ほな俺そろそろ行くわ。白石待たしてるし」

「っ!」


パシッ

「……何?」


立ち去ろうとする小石川。なぜだか解らないが、背を向けた彼の腕を、俺の手は掴んでいた。
そして、その手を見つめる小石川の顔は、微かに嬉しそうな表情をしていた。


「え、あっ…」

「あぁ、そうか。謙也は俺に、白石のとこ行って欲しくないんやったな」


違う…今俺の身体を動かしたのは、それとは違った別の理由。


「……謙也って、案外かわえぇとこあんねんな」

「え…っ!」


小石川はこちらに向き直り、小さく微笑んだ。
そして、緩んだ俺の手にスルリと指を絡めた。
嫌な気分は不思議としない。むしろもっと触れたいと思って、その手をそっと握り返した。


「……困ったなぁ…」

「な、何が?」


困った、と言いながらも小石川は笑っていた。さっきのゾクリとする笑みじゃない…優しげな、綺麗な笑み。

「こないなことされたら、謙也のこと……好きになってまうわ」

言葉が出ない……この言葉が今の俺にはピッタリだと思った。
仄かに染まる小石川の頬…握られていない方の手が自然と伸びていた。
ピタリと触れた指先に伝わる微熱に、心臓の鼓動が早くなるのを感じた。
白石は大切な親友で、泣かされたり、傷付けられたりしたら嫌だ。
でも、今の俺のこの感情は…

「……一番、あかんやん…」

今の俺のこの感情……それは一番白石を傷付ける。確実に。
なのに、目の前のコイツに、さっきの様に接せない。何故?
きつくも言えない。怒鳴れない。何故?
そんなの簡単だ…

「謙也、手ぇ、離して?
今は白石のとこ行かなあかんから」

嬉しいと言いながらも、白石への罪悪感があるのか、苦笑いを浮かべる小石川。

「ごめんやで…」

俺の言葉と行動は一致しない。
口では詫びながらも、目の前の身体を抱きしめていた。
小石川は何も言わなかった。やめろとも、離せとも。
代わりに、ゆっくりと腕が背に回された。


−−−−−

「健二郎、遅いなぁ…」

授業の準備をしてから、と言った彼があまりにも遅くて、ただいま吸引中のパックジュースは二本目だったりする。
さすがに腹の虫も限界で、弁当を広げ、一番手近な卵焼きを突いた。
その時、ポケットに入れていた携帯が震えた。

「健二郎か?」


from 健二郎
Re:すまん
−−−−−−−
先生に捕まってしもた。
今日は無理そうや。


簡潔な文章が二つ。さっきまでワクワクしていた気分が一気に下がった。
でも良く見れば、文章はまだ続いているようで、動きの鈍い指でボタンを押さえてスクロールした。


from 健二郎
Re:すまん
−−−−−−−

P.S. 明日、家に泊まりこうへんか?


自然と口角が上がる。自分事ながら、なんて単純な男かと思う。
でもやっぱり嬉しい。すぐに返事を打ち込んで、送信ボタンを押した。
嬉しさを噛み締めながら携帯を閉じて、残った弁当に箸を伸ばした。







知らぬは相手ばかり

仕方ないさ。
好きになってしまったんだから。


END

−−−−−
コイちゃんの恋愛感覚は少しズレててもいいと思います。
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