※直接表現はありませんが死ネタです。
『存在理由』
それは人それぞれ。
『存在理由』
それはつまり『生きる意味』
つまり『存在理由』をなくした人間に『生きる意味』など無い。
カツッ カツッ
夜も明けきらず、人の気配すらない静寂の時。
ただ身体の動くままに、上を目指していた。
ギィィ…
「まだ…少し、早かったな」
闇が深くて、辺りがよく見渡せないが、そんなことは、さして問題ではなかった。
カシャン
低めのフェンスに登り、腰掛ける。
少しでもバランスを崩せば、簡単に落ちるであろう。
「本当に、フェンス一つでこんなにも風の感じ方が違うものなのだな。
お前の言った通りだったな…幸村よ…」
『ねぇ真田、ここから見る朝陽って凄く綺麗なんだ』
『朝方は冷える。身体に障るぞ』
『少しぐらい平気だよ。今日は調子が良いし。
あ、少しドアの方見張ってて?』
『まだフェンスに登っていたのか…危険だから止せとあれほど言ったではないか!』
『しぃ……ヨッと!
ウ〜ン、風が気持ちいい〜』
『たかが編み目のフェンス1枚だ…そんなに変化はないのではないか?』
『ううん…こんなフェンス一つだって、風は遮られるんだ』
「幸村の言っていたことは、間違ってはいなかったな」
なんだか新しい発見をした様で、嬉しくなる。それこそ、日々知識を増やしていく子供の様に。
しかしそれはとても無意味なことだ。誰かに伝えることなどないのだからな。
俺はこの世で一番大切な者を失った…幸村が俺の総てで、幸村が俺の『生きる意味』そのものだった。
幸村がいない今、俺に『生きる意味』など無い。
幸村に必要とされること。
幸村に愛されること。
幸村を愛すること。
その総てがあって、俺はこの世に存在することが出来ていた。
「幸村…何故お前はいない…俺は、お前と共に生きると決めたのだぞ…」
届くはずなど無いのに、深い空に向かって呟いた。
見上げた空は、徐々に明るみを帯びてきていた。
「そろそろだ…幸村、すぐ、そちらに行く」
陽の光が俺の身体を照らし始める。
「……サラバダ…」
そう呟いて、一瞬感じる浮遊感。後は重力にしたがって堕ちていく。それだけだった…
パシッ!
「Σっ!?」
なぜ、俺の邪魔をする…
「蓮二」
「はぁ…っは、何をしている!?」
俺の腕を掴む蓮二は息が乱れていて、首筋には汗がつたっている。
あの長い階段を駆け上がってきたのか……何をしている?知れたこと。
「飛び降りているのだ」
「バカ者!そんなことをして、アイツが……っ精市が喜ぶとでも思っているのか!?」
「Σ! っ…」
そんなこと……分かっているっ…
『真田…』
『何だ?』
『俺がいなくなt『たわけ!』真田…』
『いなくなるなど……そのようなことを言うな!
俺は、お前が良くなると…信じている…!』
『ゴメン……でも聞いて。もし俺がいなくなったら、俺の分まで生きて…幸せになって欲しい』
幸村は、俺に『生きろ』と…『幸せになって欲しい』と言っていた。
しかしダメだ……幸村のいない世界で幸せを見つけることなど、出来ない…
「離せ蓮二…」
「誰が離すものか!」
俺が何を言っても、腕を掴む力が増すだけだった。
「今の俺に『生きる意味』などないんだ」
「っ…『生きる意味』などいくらでも有る!弦一郎、お前は生きなければならないんだ!」
俺は生きなければならない……しかし…
「もぅ、俺の『存在理由』…は…いなぃ…っ」
「Σ…っ!そんなことは、言わせない!」
「ゃめろ…っ!離せ、蓮二っ!」
蓮二は俺を引き上げると、その腕で俺を抱きしめてきた。逃げられない。
普段の俺ならば、簡単に跳ね退けてやれるものを…
「…確かに、お前の『存在理由』はいないかもしれない……しかしお前は死してはならない」
言い聞かせるように言葉を繋ぐ蓮二。なぜそこまで言い切れる?なぜそこまで俺に構う?
「…なぜだ」
「約束した…精市と。…弦一郎を必ず守ると」
『どうなんだ、調子は』
『今は落ち着いてるよ……蓮二、俺の我が儘を聞いてくれるかい?』
『何だ、改まって』
『俺ね…もう長くないらしいんだ』
『!……そのことを弦一郎には…』
『言えるわけないだろ…お前に話すのが初めてだ』
『そうか…解った、俺に出来ることなら』
『ありがとう……真田を…守ってくれ』
『えっ…』
『アイツはあぁ見えて不安定になりやすい。
だから、俺がいなくなれば何をしでかすか解らない。
その時は、お前に止めて欲しい。守ってやって欲しい』
『…なぜ、俺なんだ?』
『好きなんだろ?真田のこと』
『!…知っていたのか』
『分かりやすすぎだよ。頼んだよ、弦一郎のこと』
「っ…ぅそ、だ」
「嘘ではない。精市が弦一郎を愛していたことも、弦一郎が精市を愛していたことも知っている。
精市が弦一郎の総てであったことも解っている。
俺はアイツに敵うことなど到底出来ないだろう…アイツの代わりになどなれないだろう…」
そうだ…幸村は幸村であり、蓮二は蓮二なのだから。
アイツの代わりは、誰にも出来ん。
「しかし、お前には生きていて欲しい。
お前の『存在理由』がないのなら、俺がお前の『存在理由』となろう」
「なっ、何を言って…冗談はやめ『冗談などではない!』っ!」
「俺がお前を求めている。俺がお前を欲している。俺がお前を…弦一郎を愛している…っ」
「Σっ!?」
蓮二が…俺を求めている?俺は必要とされている?蓮二が俺の『存在理由』…
「蓮二が、俺の『生きる意味』…」
「弦一郎?」
「っ…ぉれは、まだ…ぃき…られる、の…か?」
声が喉の奥に閊えて、上手く出てこない。しかし、どうしても答えを知りたかった。
「! そうだ、お前は生きるんだ!」
「っ…ぅ、ぁぁあぁ!」
蓮二の確信に満ちた言葉に、俺の中の何かが崩れた。涙が止まらなかった。
誰かにすがり、このように泣きじゃくったのは、いつ以来だっただろうか…
そんな俺を、蓮二は優しく抱きしめ続けてくれた。
『存在理由』
それは人それぞれ。
『存在理由』
それはつまり『生きる意味』
つまり『存在理由』をなくした人間に『生きる意味』なんて無い。
しかし、新しい『存在理由』を見つけることで、また生きることができるのだ。
すまない精市…会えるのは、まだ少し先になりそうだ。
existreason
愛しい君を想いながらも、俺は彼と生きている。
END
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