所変わり、健二郎の仕事場。


「副部長」

「ん? おぅ、おはよう光。
ちゅーかお前、いつまで俺のこと“副部長”呼ぶ気やねん」


健二郎を副部長と呼んだ黒髪の青年、財前光。
健二郎の中学時代の後輩で、今は音楽プロデューサーとして活動していた。


「えぇやないですか、俺にとって副部長は副部長ですから。
この後、大丈夫ですか?」

「すまんな、この後は行かなあかん所があんねん」

「そうですか…すんませんイキナリ」

「ううん、俺の方こそごめんやで。今度は飲みに行こな」

「ハイ!」


二十歳を過ぎていても財前は笑うと幼く見えて可愛い、と健二郎は思った。
本人を前に口にすることは出来ないが。


『お二人共お疲れ様でした!』

「「お疲れ様でした」」


仕事の終わった二人は途中まで一緒の帰路を歩いていた。
そんな中、財前の突然の言葉。


「副部長…部長と一緒んなって、幸せですか…?」

「っ!…どうしたん、イキナリ」

「いえ、ちょっと気になっただけっスわ…」


蔵ノ介と健二郎の交際は財前も知っていた。健二郎がチームメイトには隠したくないと言ったからだ。
謙也の存在はまだ話してはいなかった。知っているのは千歳、小春、一氏、石田だけ。


「…おん…幸せやで」

「そうっスか…なら、良かったですわ」

「え…」


財前の表情が先程と少し違った。何か取り払われたような、そんな表情をしていた。


「部長はちゃんと副部長を幸せにしとって、副部長も幸せで…俺、嬉しいっスわ」

「ぉ、おおきに」


健二郎は財前の言いたいことをいまひとつ理解することが出来なかった。


「俺、初めて会った時からずっと、副部長んこと好きでした」

「えっ…」


財前からの突然の告白に戸惑いを隠せない健二郎だが、財前の想いに答えることは出来ない。


「財前、俺は…」

「わかってます…俺がちゃんと言いたかっただけですから」


財前は軽く笑みを浮かべると一人駆け出した。
走り去る背中を健二郎は見えなくなるまで見つめていた。

「…謙也、迎えに行かな」

健二郎も走ってその場を後にした。





「謙也…」

健二郎が幼稚園に着いたのは予定より30分も後だった。
もう他の園児は残っておらず、砂場で一人山を作る謙也がいるだけだった。


「!っ健二郎!」

「ごめん、遅なって…」


勢いよく健二郎に抱き着く謙也。健二郎が来るまで一人で待っていた。
保父がいないわけではないが、謙也は一人でいた。


「健二郎ぅ…遅い、こなぃ…ぉも、た…!」

「ごめんな…」


泣きそうな謙也を見て、改めて謙也の幼さを感じた健二郎。
いくら偉そうなことを言っていても、まだまだ幼稚園児なのだ。

「(親失格やな、俺…)」

そんな健二郎の気持ちを知ってか知らずか、謙也の手が健二郎に触れた。


「健二郎、俺、怒ってへんで?」

「! 謙也…」

「だから…帰ろ?」

「っ…そうやな、帰ろか」

「おん!」





「「ただいま〜」」

誰もいるわけはないが、二人は声を揃えて家の中へと入った。


「謙也、今日何食いたい?」

「うーん……チーズリゾット?」

「お前は蔵ノ介か!しかも疑問形かいな…
まぁえぇけどな。ほんなら今日はチーズリゾットな」

「おん!あ、健二郎p『パセリなら買い足してある』さすがやわ♪」


謙也も蔵ノ介や健二郎と同じく、チーズリゾットやパセリが好物であった。
間違いなく完璧なる遺伝である。


「俺も無いと困るし、謙也が残念がるやろと思たからな」

「! やっぱ俺、健二郎大好きや!」

「俺も謙也のこと好k『ストップ!』!…蔵ノ介?
確か今日は遅くなるんとちゃうかったん?」


出掛けに、遅くなる。と伝えたはずの蔵ノ介のイキナリの登場に、健二郎は少なからず驚いていた。


「今日は監督の調子が悪うて、撮影延期。
そんなことより健二郎、今何て言おうとしたん?」

「何って…謙也に好きって…」

「……へー…」


正直に告げた健二郎に、蔵ノ介の機嫌は目に見えて悪くなった。


「謙也」

「なんや?」

「健二郎は俺よりも謙也が好きらしいで」

「「えっ…」」


蔵ノ介の言葉に、言われた謙也だけではなく健二郎も驚いていた。
何故そんなことを言われるか分からなかったからだ。

「俺、今日は疲れたから寝るわ」

二人に背を向け、一人寝室に向かう蔵ノ介。
それを阻止する様に、健二郎はその背にしがみついた。


「!…健二郎、離れ…っ!」

「なんでっ…な事、言うん…?俺っ、お前の…と、好き……だぃ、好きっ…ゃねん…で…?」


健二郎の顔は涙で濡れ、謙也がいるのを分かっていても止まることはなかった。
格好が悪いと思いながらも、蔵ノ介を離さないよう必死にしがみついていた。
蔵ノ介もまた、数秒前の自分の言葉を悔いていた。
自分の子供に嫉妬して、その感情を押さえることが出来なかった。
その結果、一番大切な健二郎の涙を見ることになってしまった。

「ぅっ…くらっ、のアホォ…!!」

そして、健二郎の後方には泣きそうな顔で蔵ノ介を睨みつける謙也。
蔵ノ介は一度健二郎の腕を離し、健二郎に向き直った。


「…健二郎」

「蔵ノす…!」


顔を上げた健二郎の唇にキスをした蔵ノ介。突然のことに健二郎の涙は止まった。

「っ…くら、のっ…け」

キスだけで朱く染まる頬、鼻にかかる息遣い、今すぐにでも押し倒してしまいたいという気を押さえ付け、蔵ノ介は唇を離し、健二郎をきつく抱きしめた。

「ごめんな、健二郎…子供に嫉妬なんて…俺、格好悪いな…」

子供、それが自分の子供となれば、なおのこと情けなく感じられた。


「…かっこ悪く、なぃ。俺、めっちゃ嬉しい(微笑」

「!…///」


朝も同じ笑顔を見たはずだが、蔵ノ介の心臓は鳴った。
健二郎が、いつもより綺麗に見えたから。

「健二郎…」

もう一度キスをしようと、蔵ノ介が唇を近付けると…


「〜っ蔵ノ介だけズルイ!」グイッ

「Σうわっ…!」


謙也は健二郎の服を引っ張った。よろけた健二郎は、そのまま謙也の方に体制が傾き、謙也と唇が重なった。


「っ謙也!?」

「俺やって健二郎とチューしたいんやもん!」


謙也は、自分も負けじと健二郎にキスをしたが、そんなことをされて蔵ノ介が黙っている訳はなかった。


「……け〜ん〜や〜っ!よくも俺の健二郎の唇を!!」

「したもん勝ちや!」

「お仕置きや!」

「二人とも落ち着き」

「「無理や!!」」

「やめへんと俺、千歳ん家行くd『『ごめんなさい』』よろしい」


やはり蔵ノ介も謙也も、健二郎だけには敵わなかった。


子供は可愛い。
そう思っていても、自分の意見を決して譲らない父親。

父親はすごい。
そう思っていても、決して素直に懐こうとはしない子供。

夫と息子は自己主張が強くて困る。
そう思っていても、それでも二人が大好きな母親。







浪速御家騒動

今日も白石家は賑やかです。


END

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前サイトより
千歳→白石、子供→謙也にキャストを変えました。
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