「お前こそ誰やねん、さりげに俺の発言しよって。
俺の健にぃ放してぇな」

「やったら俺の質問に答えてください」

「…しゃーないな」


玖穏が髪を掴み引っ張ると、パサリと髪が落ち、黒に近い短めの茶髪が現れた。
前髪と襟足は少し長めだ。
それを見た財前は…


「ズラ?」

「ウイッグて言えアホ」


玖穏はポケットからバンダナを出して頭に付けた。
すると今度はそれを見た白石が…


「Σあぁぁあぁ!!」

「うっさいねん!」


少し離れている謙也に怒鳴られたが、そんなもの聞いていない。
むしろ自分の叫び声で聞こえなかっただろう。


「た、健久くんやないか!」

「健久?なんや男みたいな名前っスね。部長の知り合いですか?」

「いや、健久くんは正真正銘の男やで。
彼は、健二郎の【弟】や」

「弟?副部長、ホンマでっか?」


小石川は認めたくない、という顔をしながらも小さくコクリと頷いた。


「これで分かったやろ?
早う健にぃ放して」

「なんかお前ムカつくわ…部長ぐらい」

「なんでそこで俺やねん!
ちゅーか健久くん、なんで女装なんか…」


健久が立海に通っていることは、小石川から聞いたような、聞いてないような白石。
しかし女装をしているわけが全くと言って分からない。

「あぁ、単にやってみたかっただけや」

ズザーッやズコッと言う効果音が似合いそうな理由だった。
謙也の耳に入っていたら、容赦なく頭に一発入っていただろう。


「わけ分からん…お前と副部長、ホンマに兄弟なん?」

「うたぐられてもしゃーないけど、ホンマに兄弟。なぁ健にぃ♪」

「おん…」


小石川本人が認めているため、財前は信用せざるをえなかったが、もちろん納得はしていないだろうが。
そのまま数分、健久と財前の攻防は続いたが…

「まぁしゃーないわ…健にぃ、そのままでえぇから聞いて」

健久が諦めたように話し出した。
小石川も財前から少し放れ後ろに隠れる形をとった。


「一つだけ質問や」

「なんや?」

「蔵とは付きおうてるの?」

「「Σ!?」」


それほど大きな声ではなく、周りにはほとんど聞こえていなかったが、小石川、財前、そして少し放置されていた白石にはちゃんと聞こえていた。
驚きを見せたのは、質問された小石川と質問内容が自分である白石だ。
健久が白石を呼び捨てにしたことなど誰も気にしていない。


「なっ何を言い出すねん!」

「そ、そうやで健久くん!」


明らかにどもる二人を交互に見た健久は携帯を取り出し、どこかにメールを打った。

「その様子やとビンゴやな…蔵、今度家に遊び来てぇな♪」

その笑顔とともに言われた一言に白石は悟った、自分の危険を。


「ぃ、いや、えぇって!お邪魔やろし!
俺なんか招いてもえぇ事なんかあらへんから!」

「そう遠慮せんでえぇやん♪幼なじみやないか。
タケちゃんも会いたがってんで♪」


瞬間、白石と小石川にピシリと音を立てて亀裂が入ったような気が、財前はした。


「たった、健様にお会いするなんて滅相もない!」

「健様?誰ですか、副部長」

「俺の…兄ちゃん」

「お兄さん…なんで部長はあないにビビってはるんですか?」


小石川は小さく息を吐き、ポツリ、ポツリと話し始めた。


「昔、まだ兄ちゃんと健久が大阪におったころ、家にきとった白石が俺に抱き着いた瞬間…」

「瞬間? 何が起こって…」

「白石の顔スレスレにダークマターが掠った」

「ダークマターって…そんなアニメみたいな話…」


否定しようとした財前は目の前の光景に、自分の目がイッてしまっているのかと、擦った。
しかし状況は何一つ変わらない。
財前の視界…笑顔で白石に刀を向ける健久がいた。


「………銃刀法違反やないですか?」

「家に一般常識は通用せん」

「家でも苦労してはるんですね…」


財前は誓った、これからは部活で小石川に迷惑はかけまいと。
しかし、財前の言葉に小石川の中のナニかが破裂した。


「………」

「副部長? !今行ったら危ないですって!」


少し顔を俯かせたまま、財前の言葉も耳に入れず小石川は健久に近寄った。


「健久、もう終いや」

「っ! け、健にぃ…?」

カチャリと刀を掴まれると少し顔を歪めた健久だが、小石川を見た瞬間、汗が流れ始めた。
何故かは分からないが、向かいにいる白石も汗を流していた。

「終いや言うとるんや…さっさとソレしまえ、そして帰れ」

さきほどまでの怯えは何処へやら、態度が一変し、冷気すら纏っているように見えた。
流石にその言い方では健久が可哀相だと思った白石は勇気を振り絞り…


「け、健二郎?そないな言い方したら健久くんが可哀相…」

「可哀相……やと?」

「ひっ!」


今の小石川なら視線で人を殺せる、と白石は感じた。


「コイツが可哀相?なんやそれ、俺は悪者扱いかいな。
家では親父に飛び付かれ、お袋に纏わり付かれ、休みには兄弟が帰ってきて飛び付いて撫でてハグして、揚げ句の果てに押し倒されて、喰われかける。
部活では監督は使えへんし、変態に纏わり付かれ漫才にツッコミ、後輩に振り回され放浪人を探す。
誰が可哀相やて?もっぺん言うてみ」

「なんでもありません、ナマ言ってすんませんでした!!」


コンマ一秒で白石のオデコはコートに押し付けられていた。

一方、小石川に帰れと言われた健久は…

「うっ…ぁ…」

泣き出していた。
よほど怒られたことがショックだったのかと思いきや…

「健にぃなんか…健にぃなんか…っ大好きやぁぁぁぁっ!!
今度帰ったら覚えとけやぁ!!」

泣きながらそんな台詞をはいて、コートから消えた。
それを見送った小石川は、はぁ…、とため息を一つついて伸びをした。


「ん〜っ、やっと帰りおったで、あのアホ」

「弟に怯えたりキレたり…俺、副部長がよう分からんくなってきましたわ」

「まぁ分からん方が正解やと思うで?
それより白石、いつまでそないな格好してんねん」


ずっと土下座状態の白石が顔を上げると、白石も泣いていた。


「お、俺…健二郎に嫌われた思た…もう怒っとらん?怒っとらんの?」

「嫌われた、て……アホ、お前みたいな奴俺以外に扱えるかい。
それに、さっき怒ってもうたんはその場の流れっちゅーか……とにかくもう怒ってへん」

「っ健二郎〜!」


小石川に飛び付く白石。いつもなら避けるところだが、今日は避けずに白石を受け止めた。

「見せ付けてくれますね…まぁ、今日だけ勘弁したりますわ」

財前も普段なら邪魔をするところだが、今回は手は出さなかった。

突然現れ、色んな意味で暴れまくり嵐のように去って行った小石川の弟、健久。
それが去った今、テニス部は平和になった……ハズ。






ライバルは最強?

でもその兄は最恐。


END


おまけ


−数日後−


「な、なんやこれはぁぁぁぁぁぁ!?!」

「朝っぱらからウザいっスわ…何かあったんですか?」


朝から絶叫する白石に、関わりたくないとは思いながらも、やはり気になり、財前は聞いた。

「何かどころやない!これや、これっ!!」

白石がつきだしたのは…

「学校新聞?あぁ、そういえば発刊日でしたね。
…一面の写真、部長っスね。それと昨日のムカつくオカマ…」

【衝撃!完璧な聖書、テニス部部長、四天宝寺の王子こと白石蔵ノ介に熱愛発覚?!お相手は他校の美少女!!】
という見出しが一面を飾っていた。
掲載されていた写真は、数日前に、白石が健久をテニスコートに連れて行こうと、手を引いている場面だった。
白石の手は記事を持ったままワナワナと震えていた。顔も心なしか青くなっている。

「部長?どないしはっ…あ…」

白石が震えている理由、それは後方に答えがあった。
白石の背後には、腕を組み、新聞記事をグシャリと握り潰して、とてもにこやかにしている小石川が仁王立ちしていた。
財前は心の中で合掌しながらも、ざまーみろ、と呟きその場をそっと去った。


「し〜らいしく〜ん♪」

「は…はぁい…」


白石に振り返る勇気など微塵もなかった。
振り返る=死への片道切符、これが今の白石の思考を支配していた。


「これ、どういうこっちゃ説明してみ?」

「え、えと、ですね?それは健久くんをコートに連れて行こうと…」

「ほぅ…コートに連れて行こうと…やと?」

「ひっ!」


言葉の最後のトーンが低くなる小石川。
白石の脳裏に浮かぶのは数日前のあの恐怖。


「コートに行くだけやのに白石、お前随分楽しそうに笑てるなぁ。
顔もなんや赤いんとちゃうか?夕方やないんやから、光の加減で、とか騙されへんからな。
何を男相手に照れとんねん、お前は攻設定じゃボケ。
手までしっかり握りおってからに」

「けっ健二郎…?
少し落ち着こな、な?サイトの裏事情とかバラしたら管理人とか困るやん?
照れたりとかもしてへんから」


白石なりに上手くまとめたつもりだったが…


「管理人が困る?今関係あるんか?え?ないよなぁ、無理矢理話題逸らすなドアホ。
ったく、男…しかも健久相手にデレデレしおって、ホンマに兄ちゃんの前に突き出すで?
俺と付き合うてる時点で半殺しは決定なんやで?
健久に手ぇ出しとったら確実に逝くで、お前。まぁそん時は俺も黙ってないけどな。
完璧な聖書?どこがやねん。お前は虫食いの折込チラシや。
美少女と交際発覚?アホちゃうか、この記事書いた奴。
校内で浮いた話の一つもない男が他校の美少女なんかと付き合えるかいな、なぁ白石?」

「おっしゃる通りでございます!」


今日も白石のオデコは地面にピッタリとくっついてます。


ホントにEND

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