「好きです」
「おぅ、俺も好きやで」
クシャリと頭を撫でられる。
嬉しいけど、違う…俺の欲しい”好き”はそれじゃないから。
好きという言葉が、撫でてくれる手が、向けてくれる笑顔が…
痛い…
初めて交流を持ったのは、レギュラーになった時。
どこでも変わりはないが、レギュラーと他の部員の練習は違う。
その日の練習はレギュラー同士の試合で、その時に当たったのが副部長だった。
第一印象から、目立たない人だと思っていた。
事実、彼が副部長であると知ったのも最近だ。
けど違った…試合を見ていて思った。
部長のように完璧なテニスをするわけじゃない。
けど、綺麗なテニスをする人だと思った。
そこから興味を持った。
部活の時は、気付けば目で追っていた。
授業中も頭の中にいて、校舎の中でも姿を探す。
学年が違うから、会う機会なんてないはずなのに、どこか期待している自分がいる。
ある日の部活の後、金太郎たちと商店街を歩いている時、何か物足りない気がした。
ゴソゴソとポケットを漁ったけど、ポケットは空っぽでウォークマンが見つからない。
おそらく部室に落としてきてしまったのだろう。
なくてもそれほど困りはしないが、無ければ無いで気になる。
金太郎たちに一声かけて学校に戻る。
そんなに離れていなくて助かった。
今なら部誌を書いている部長が残っているはずだから。
部活終了の時間からだいぶ時間が経っている。
校舎の人影は職員室ぐらいで、グラウンドに残っている生徒もいない。
辺りももう薄暗い。
見ると、部室の明かりが消えていた。
まさかもう帰ってしまったのか。
歩調を速めて扉に近寄りノブを握ったが、鍵が掛っていない。
「部長、まだおるんスか?」
声をかけても返事がない。
でも微かに人の気配がして、部室の中に入って電気をつける。
中を見渡してドキリとした。
ときめいたとかじゃなくて、単に驚いた。
机に伏せている人影がいたから。
よく見ると、身体が小さく上下に動いていた。
部長の彼が練習後も一人コートを走っていたことは、副部長から聞いたことがあった。
いつも『絶頂!』とか言ってて、うるさいけど、信頼できる。
このまま寝過されて、明日の部活に支障が出ると困るから、起こすのに肩をゆすった。
「部長、起きてください…もうすぐ学校閉まりますよ」
掛かっていたジャージがパサリと落ちた。
そして、さっき以上に心臓が跳ねた。
ずっと部長だと思っていた人物…でも、ジャージの下に隠れていたのは、濃い茶色。
いつも俺の中にいる人。
「副部長…」
「ん……財前?」
「おはようございます」
「おはようさん、どないしたん?
さっき帰ったやろ」
落ちたジャージを拾う副部長。
けど副部長はジャージを着てる…誰のジャージかなんて、聞かなくても分かる。
副部長の方が背が高い。
でも今は立ってる俺の方が高い。
目をこすりながら見上げてくる姿が、普段のしっかりした人と同一人物とは思えないくらい可愛らしい。
「驚きました、てっきり部長やと思うてたんで」
「あぁ、白石きっとオサムちゃんとこや。
呼ばれとる言うてたし」
「…部長、おったんですか」
少し、いや、かなりガッカリしているのが自分でも分かるが、顔には出さない。
元々表情が豊かな方じゃないから、少しぐらい表情が揺らぐのなんか、誰にも分からない……はずなのに…
「財前、気分でも悪いん?」
「えっ、なんで」
「いや、顔暗いで、気分悪いんかなって…大丈夫ならえぇわ」
そう言って笑う副部長。
見抜かれた驚きと、気付いてくれた嬉しさと、軽くパニックだ。
「なんなん、今度は嬉しそうな顔して」
どうして分かるのか、なんて聞けなかった…返ってくる答えは、副部長だから。
ただの部員としか、後輩としか思われていない現実を受け入れるのが嫌で、聞けなかった。
けど…
「なんで、分かるんスか…俺の表情なんて、普通分からんでしょう」
「そら、いっつも見とるし、それに何より、財前のことやから…かな」
「っ!?」
そんなこと言わないで欲しい…期待してしまう。
自分のことだから分かってもらえる、自分は特別なんだと。
「期待、してまいます…」
「財前?」
ダメだダメだダメだ。
言ってはいけない…今の関係が壊れてしまう。
そばにいられなくなる…そんなの堪えられない。
それならいっそ、後輩と思われててもいい。
頭では分かってるけど、身体が言うことを聞かなくて、思考を無視して口が開いていた。
「好きです」
言ってしまった…他の誰でもない、俺が言った。
副部長は驚いた表情一つ見せずに笑った。
「俺も好きやで」
けど俺は知ってる…それが、俺と同じ”好き”じゃないってこと。
副部長には、俺よりも大切な人がいるから。
「財前」
「なんで、っ!ふ、くぶ、ちょ」
いきなり抱きしめられた。
頭が一気に白くなった…なんで…
「なんで…こないな、こと…」
「言うたやろ、俺も好きって」
「けど、部長は…!」
「白石?」
副部長は俺から一度身体を離した。
副部長は、驚きと、疑問と悲しみ、そして僅かな怒りが混ざり合ったような表情をしていた。
「なんで白石が出てくるん…俺がお前を好きやねん…
お前が好きやって言うてくれて、嬉しかったんやで?
それとも、冗談で言うたん?」
「違っ!そんなわけ、ないです…」
強く言い返せない…冗談で言ったつもりは微塵もない。
けど、勝手に嫉妬して副部長の気持ちを疑ってしまった…それは紛れも無い事実。
傷つけてしまった……大切な人なのに。
「すんません…俺、勘違いしてましたわ。
俺は副部長が好きで、でも副部長には部長がおる…やから、俺の想いは届かへんのやって。
俺を見てくれても、それは恋愛じゃなくて、後輩として…仲間としてやって」
副部長は黙って俺の話を聞いてくれた。
「けど、今言われて気付いたんですわ。
俺が、自分でそう思い込もうとしてただけやって。
俺ばっかりの一方通行が怖くて、俺は自分の気持ちを覆って逃げてたって…」
そこまで話して、自分の不甲斐なさを思い知った気がした。
自分の足元に視線を落とす。
副部長の顔が見られない。
「おおきに」
「えっ」
訳が分からなかった。
なぜ感謝されるのか。
顔を上げると、いつもの副部長で、さっき見せたような悲しみや怒りの表情は消えていた。
「好きって言うてくれて、伝えてくれて、おおきに」
笑った副部長を見るのは初めてじゃないけど、心臓が大きく鳴った。
その音が副部長に聞こえてるんじゃないかと、心配になるぐらいに。
「なぁ、財前」
「なんです、副部長」
「それ、やめへんか?」
「それ?あぁ、呼び方ですか?
けど、俺は慣れてまってるし、なんて呼べば」
呼び方なんて、今まで気にしたことがなかった。
ずっと同じ呼び方をしてきたし、慣れている。
「いきなりは…」
「……ほんなら俺もずっと財前って呼ぶからな」
「…それって、俺が呼べば副部長も名前、呼んでくれるんスか?」
「……悪いか…ドアホ」
フイと視線を逸らされたけど、副部長の耳が少し赤い。
可愛いの一言しか出てこない。
「ほんなら、健二郎さん、でえぇですか?」
初めて名前を呼んだ。
たったそれだけで心臓がうるさい。
「まっ、今はそこまでやな。
これからもよろしゅう、光」
「っ!…はい」
初めて名前を呼ばれた。
名前を呼ばれるだけの行為がこんなに嬉しいなんて知らなかった。
それは、想いが通じたから。
「健二郎さん、好きです」
「おん、俺も光のこと好きやで」
もう疑わない…疑えない……繋がった想いに嘘はない。
「そう言えば、光はなんで部室に戻って来たん?」
「あ…ウォークマン忘れとった」
「ウォークマン…見てへんなぁ…コート探してみるか?」
「いや、明日でえぇです。それに…」
「それに?」
「イヤホンしとったら、健二郎さんの声、聞こえへんやないですか」
「ずいぶんくさいセリフはきよるな」
「あんたにだけです」
「そうやなかったらシバく」
「分かっとります(このまま部長、帰ってこうへんかったらえぇのに)」
って思うとるのは、俺とあんたらだけの秘密っちゅーことで。
想いに偽りはなく
信じた想いはどこまでも純粋で愛しい。
END
おまけ
「白石、お前ウォークマンなんか持っとったか?」
「あぁ、コレな、財前のやねん」
「財前のって…」
「あぁ、盗った」
「あぁ、なるほどな……って盗ったんかい!」
「お、なかなかのノリツッコミ」
「やろー♪って、ちゃうちゃう。
なんで盗ったん?」
「ちぃと餌に使うてみただけ」
「餌?」
「そ、やけど俺は悪ないで。むしろ感謝して欲しいぐらいや。
なんせ俺は、恋のキューピッドやねんからな!」
「あぁ…そう(またどっかにネジ落として来たんやろか…)」
ほんとにEND
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