時間が空けば、いつも手に取って広げていた。

『きれいなひとだなぁ』

透き通るような白い肌。
艶やかな黒髪。
優しげな微笑み。
小さいながらにそう感じた、英国童話の中の女の子。

『こんなこに、おれをすきになってほしいな』

所謂理想だった。
だから今までに恋なんてしたことなかった。
誰を見ても、彼女と比べてしまうから。
自分の中で完璧な存在だった……白雪姫と。

『やっぱりおれには君だけだ』

いつも寝る前は本に語りかけていた。
自分の周りにそんな子はいなかった。
いや、いると思ってなかったんだ。
君に出会うまでは。



「真田ってさ、白雪姫みたいだよね」

「………は?」


ある日の部活終了後、部誌を書くために残っていた真田に、その真田を待っていた幸村が言った唐突な一言を放った。
部誌にむかっていた真田は、いきなり何を言い出すんだ、という顔を幸村に向けた。
幸村は、だってさ、と言いながら真田の髪をすくった。


「つやつやの黒髪で、肌も綺麗でさ。
しかも笑うと可愛かったり、美人だったり」

「…幸村、白雪姫とは色白で黒髪の女性だぞ?
確かに俺は髪は黒いが、肌は白くはないし、なにより男だ」

「そんなこと言われなくても分かってるよ。
でも俺にはそう思えるの」


立ち上がった幸村は真田の横に立った。


「白雪姫ってね、俺の理想だったんだ」

「理想?」

「そう、理想……白雪姫は小さい俺でも綺麗だって思える人だった。
だからいつも周りと彼女を比べてしまった。
本の中の存在でも、俺にとっては大切な存在だった」


そこまで話して幸村は気がついた。
真田の眉間にシワが寄っていると。

「どうしたの、怖い顔して」

幸村はクスリと笑いながら、人差し指で真田の眉間に触れた。

「……そのような理想の女性がいるならば、俺などに構っているヒマなどないのではないか?」

真田は幸村から視線を外し、再び部誌にむかった。
一瞬頭が追いつかずにキョトンとしていた幸村だったが、さっきの真田の言葉を頭で復唱するうちに一つの結論にたどり着き、優しげな笑みを浮かべた。


「もしかして真田…ヤキモチ?」

「なっ た、たわけが!
そのようなことあるものか!」


勢いづいて、立ち上がった拍子に椅子が倒れたが、そんなことを気にとめる余裕もないというように、真田は幸村の言葉を真っ向否定した。
しかし幸村は再びクスリと笑った。


「真田、真っ赤な顔で言われても説得力ないよ」

「っ!…〜っ知らん!」


真田は脇にあったテニスバッグを掴み幸村に背を向けた。
それでも幸村が真田を逃がすわけがなく、シャツの襟を思いっ切り引っ張った。

「ぅぐっ…なっ何をす…!」

軽く首が絞まった真田は勢いよく幸村を振り返った。
しかし予想に反して、真田の視界にはドアップの幸村の顔があった。
そして唇には柔らかな感触。

「ホント、可愛すぎるんだから」

触れていた感触が離れると幸村は言った。
しかし真田の頭は完全にパニック状態で、パクパクと動く口から言葉は出てこない。


「クスッ そんなに驚くことないじゃないか。
いつもはもっと激しいことしてるんだから」

「! ったわけ!
貴様はもう少し恥じらいというモノを持て!」

「恥じらい?
そんなの必要ないでしょ。
別に真田を好きなことは、恥ずかしくもなんともないし」

「そ、そういうことではなくてだな…」


口ごもる真田を見て、幸村は変わらずの笑みを浮かべている。

「クスッ 分かってるよ」

幸村は正面から真田を抱きしめた。


「幸村っ…誰かに見られでもしたら!」

「真田は心配しすぎだよ。
大丈夫、俺達しかいないから」

「…む」


幸村は自分の胸に押し付けるように、真田の頭を抱き込んだ。


「真田〜、帽子のツバが痛いんだけど」

「押し付けているのはお前だ」


幸村に見えないところで真田は小さく笑った。


「ところで真田、さっきのことだけど」

「さっきのこととは、どのことだ?」

「真田がヤキモチ妬いたって話」


ニコリと笑む幸村に真田は、うっ…、と声につまった。


「そ、それはだな…」

「真田って馬鹿だよね」

「なっ! 馬鹿とはなんだ!」

「だってそうじゃない。
俺が真田以外に興味があるわけないでしょ?」

「!…幸村…」

「何を勘違いしてるのかはだいたい分かるけど、あくまで理想の話だよ」


幸村は子供をあやすように、真田の背をトントンと叩きながら話を続けた。


「理想はあくまでも考えに他ならない。
現実とは違う。
俺は今まで、ずっと理想に捕われてたんだ。
恋なんてしたことなかった。
でもそれは、真田に出会って変わったんだよ」

「俺、に…?」

「あぁ…もちろん、最初は彼女と重ねて見ていた部分もあったと思う。
けど、お前のことを知っていくうちに現実が見えてきたんだ」


幸村は身体を離し、まっすぐに真田を見据えた。


「綺麗な黒髪、健康的な肌、澄んだ瞳、通った鼻筋、柔らかい唇、鍛えられた身体、綺麗な笑顔……そのすべてで俺を満たしてくれるお前に、俺は惹かれたんだ」

「貴様は…よくもそのような台詞を…」


顔を赤らめ視線をそらす真田に、幸村はと微笑んだ。


「俺は嘘はついてないから。
本心を述べただけだよ」

「……たわけが…」

「フフッ ……真田、キスして?」


幸村の一言に真田は身体、思考ともにフリーズした。


「今…なんと言った?」

「真田に、キスしてって言った♪」


間髪入れずに言った幸村は終始笑顔だ。


「そのようなことができるか!」

「え〜ケチ…いいじゃないか一回くらい。
いつも俺からなんだから」


そう言うないなや、幸村は目を閉じた。

「なっ、む、無理だと言っておるだろ!」

しかし幸村は真田の反論には聞く耳を持たず、目を閉じたまま真田が行動するのを待っていた。

「む……っ!」

チュッと小さなリップ音が、静まり返った部室に妙に響いた。
触れるだけの小さなキス。


「フフッ よく出来ました」

「…知らん」


された方はにこやかに頭を撫で、した方は帽子のツバを引っ張り、顔を隠した。
誰もいない部室。
二人だけの空間には和やかな雰囲気が流れていた。



「俺ね、昔は白雪姫の王子様になりたいと思ってたんだ」

帰り道、幸村が話し出したのは白雪姫の話。
真田はまた少し眉間にシワを寄せた。


「クスッ そう怒らないで。
でも今は違うんだよ…俺は王子様じゃなくて魔女になりたいんだ」

「……よく似合っていr『え?何?こんな道端で犯されたいって?(ニッコリ』いや、遠慮願う…」

「そう?残念♪
で、話を戻すけど、俺は魔女になりたいの」

「何故魔女なのだ?」


真田が問うと幸村は立ち止まった。

「だってそうでしょ?
魔女は白雪姫に毒リンゴを食べさせたでしょ?
毒リンゴは食べても死なないから、ずっと白雪姫を自分のそばに置いておけると思わない?」

楽しそうに笑う幸村に対して、真田は少し違った。
悲しげな表情を浮かべていた。


「それは…少し寂しくはないか?」

「寂しい?」

「白雪姫は死んでいないし、ずっとそばにいるだろう。
しかし、笑いもせず、泣きもせず、言葉を投げ掛けても返事が来ない。
それでは、一人でいるのと変わらないのではないか?」

「一人…」


一人という言葉に、今度は幸村が悲しげな表情を浮かべた。

「一人……確かに一人は寂しい…それは、痛いほどに分かる」

テニスバックの持ち手をキュッと掴む幸村。
彼が思い出しているのは、夜になれば必ず訪れた一人の時間。
消毒液の匂いが充満していて、誰の温もりも感じることが出来ない一人の時間。


「幸村…」

「!……真田…」


真田は幸村の手に自分の手を重ねた。

「今のお前は、一人ではない。
いや、あの時も、決して一人ではなかった。
今も、あの時も、お前には立海テニス部のメンバーが…お、俺が、いる…」

恥じらいからか、後半は些かしりすぼみになっていた。

「……うん、そうだね」

幸村は真田の手をとり、指を絡めた。


「たまには、手を繋いで帰ろう?」

「……今日だけ、だ…」


真田もゆっくりとその手を握り返した。

「クスッ …ありがとう、弦一郎」

夕陽に照らされ伸びたシルエットは繋がれていた。





童話の中の理想の彼女。
優しくて、おしとやかで、綺麗で、すべてが完璧だった。

同じ部活の大事な恋人。
厳格で、怒りっぽくて、男らしい。
けど、周りを…なにより俺を見てくれて、怒るのも優しさゆえだ。
けして完璧ではないけれど、その方がいいんだ。
お互いに欠落する部分があれば、補い合えるから。
お前がいれば、俺はもっと高みに行けるから。







俺の姫君

さようなら、理想の少女。
そしてありがとう、現実の恋人。
大切な、俺だけの姫君。


END

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