※微裏?




















その時はまだ、風は穏やかだった。





「…雲行きが怪しいな」

部活の帰り、皆と少し寄り道してたら雲が厚くなってきた。
今日は生憎傘を持っていないから、雨が降って来ると少し困る。
この道の先には小さな公園があって、そこを突っ切れば大分ショートカット出来る。
そう思って公園に足を踏み入れた時、ブランコに座る人影を見付けた。
小さな子供じゃ無くて、僕と同い年ぐらいだと思う。
私服だったけど、彼は練習試合等で何度か顔を合わせていた。

「ねぇ君、四天宝寺の小石川君だよね」

間違えてはいないはずだけど、彼は無言で頭を垂れていた。

近付く足音にも気付いていないのか、彼は無反応。

「無視は、さすがの僕でも傷つくかな」

きっと無視じゃないんだ…でも、僕の存在に気付いて欲しかった。
それでも無反応な彼の肩を掴んで無理矢理にこっちを向かせた。


「ねぇ、どうかした…!」

「っ…青学の、ふ、じ?」


目の前にいるのは確かに僕の知る彼。
でも今の彼はいつもの彼では無かった。
綺麗な瞳は涙が溜まり揺れていて、顔は少し青ざめて、まるで別人のようだった。


「何かあったの?」

「何も…あらへん…」


消え入りそうな声…

「なんでもない、なんて信じられると思う?
雨が降りそうだから、帰ろう?」

彼の腕を引いてもまるで力が籠ってない。
腕は冷えきっていて、一体いつからここにいたんだろうか。
彼は大阪の人間なのに。


「とりあえず、僕の家に行こう」

「なん、でゃ…?」

「君は元々この地区には住んでないから迷う可能性を考えてね。
ここにも偶然たどり着いたって感じだし。
だからだよ…話も聞きたいからね」

「…分かった…」


話を聞きたい…そんなのは言い訳なのかな。
彼をこのままこの場に残しておいても、僕にはメリットもデメリットも無い。
でもそれが出来なかった…きっと『彼』が探してるはず。
なのに、今僕は彼の手を掴んでいる。


「嫌…なのかな」

「何か、言うたか?」

「ううん、なんでも無いよ」


そう、嫌なのかもしれない……『彼』が彼を連れ去ってしまうことが…





「さぁ、入って」

「お邪魔します?」


少し遠慮がちに部屋に入る小石川君。
母さん達には友達だって紹介した。


「飲み物、紅茶で良いかな?」

「おん…砂糖、お願いしてえぇか?」

「クスッ、わかった。
ちょっと待っててね」


意外に甘党なのかな。
単に苦いのがダメなだけかも知れないけど。


「どうぞ」

「おおきに」


僕よりも背は高いけど、紅茶を飲む姿はどことなく可愛らしい。

「早速だけど、聞いても良いかな?
どうして東京にいるのか。
どうして泣いていたのか。
どうして身体が冷たくなるまであそこに居たのか」

聞かなくても、大体の予測はつく……彼がこんな風になるのは、『彼』が絡んでいるのかな。


「今日は…氷帝と練習試合やったんや。
で、試合の後、跡部ん家に泊まることになったんやけど…」

「何か、不都合でもあったのかい?」

「白石と…喧嘩してしもてん…」

「原因は分かってるのかい?」

「コクッ)俺が氷帝の奴らと話とったら、イキナリ白石の機嫌が悪なったんや」


なるほど、単純なヤキモチだね。
でも、きっと二人ともその気持ちには気付いて無い。


「俺、訳解らんくなって、理由聞こ思たら『触んなっ!』って…っ」

そういうことか…白石も自分で整理を着けたかったんだ。
それでモヤモヤしている時に小石川君にあたってしまったんだね。
でも一番後悔しているのは白石本人だろうね。


「それで、跡部ん家飛び出して来てしもたんや…」

「そっか……それで、小石川君の気持ちはどうなの?」

「俺の…気持ち」

「うん。僕が今まで見てきた様子だと、君と白石がそう簡単にお互いを嫌える訳は無いと思うよ。
君だって本当は白石とちゃんと話し合いたいって思ってるんじゃないのかい?」

「それはそうやけど……でも、怖い…っ」


悲しげに俯くその姿を隠すように僕は彼を抱きしめた。

「!…っぅ…」

少し身体が震えたけど、抵抗はしてこない。
一度腕の中に納めたら離せなくなってしまった。
困ったなぁ…


「小石川君」

「なんや?」

「僕じゃ、ダメかな?」

「え…」


返事を待たずにそのままベットに倒れ込んで、顔の両端に手を着いた。

「ちょっ、不二…!?」

押し返しても無駄、こう見えても結構鍛えてるからね。


「嫌なんだ…君が白石の元に行ってしまうのが。
僕が退いたら、君は白石の元に行くだろう?」

「っ…それ、は…」


気まずそうに視線を逸らす小石川君。
そんなことじゃ逃げられはしないのに。


「白石は君を傷付けたんだ。
君を傷付けるような奴、やめてしまえばいい。
僕なら、君にこんな想いはさせないよ」

「ふ、じっ…」


ほのかに顔を朱く染めるのが愛らしくて、愛おしくて…
引き寄せられるように顔を近づけた。

「ぃや…ゃっ…!」

小さく呟かれる拒絶を遮るように唇を塞いだ。


「ん…っん!」

「好きだよ、小石川君」

「っぅ…ふ…じ…」


冷えきっていた身体が徐々に熱を帯びていく。
でも僕を押し返す手にはまるで力が入ってない。


「今までにも沢山傷付いたんじゃないの?
時々不安になることもあったんじゃない?」

「っ!…っ」

「僕は君を傷付けないし、不安にさせない」


僕は時々、君に思うことがあった。
泣き腫らした目や、無理した笑顔。
どうして君が彼のためにそんな顔をしなくちゃいけないの?
見る度に胸が苦しくなって、どうして君の隣にいるのが僕ではなく彼なのか、ずっと考えていた。


「…ふ『周助』ぇ…」

「名前で、呼んで欲しい。お願いだ」


彼が彼のことを名前で呼んでるのは聞いたことがない。
キスも情事も彼が先……なら、これくらいは僕が先にしたい。


「…ゅぅ…け…」

「なに?」


呟く声が小さすぎて聞き取れなかった。
今度はしっかりと聞けるよう口元に耳を寄せた。


「周…す、け」

「!……ありがとう、健二郎」


名前を呼んでくれたことに驚いたけど、次の言葉に僕は息を呑んだ。


「周助…俺のこと、抱いてくれへん…?」

「!……いいのかい?健二郎はそれで」

「えぇ……俺の中から、アイツを消して、ほしぃっ」


その言葉とともに首に手を回してきた健二郎。
涙を溜めた瞳は、哀しくて、そして綺麗だった。

「君の中には、僕だけいればいい」

もう彼には渡さない。





〜♪〜〜♪〜


「電話、鳴ってるね」

「ぁ、んっ…はっ…」


電話に出る、そんな余裕がないことはわかってる。
ディスプレイの名前は『白石』の二文字。
突き放すようにケータイにクッションを投げた。


「ゃ、ぁっ…しゅ、けっ」

「好きだよ、健二郎」


部屋に響くのは、淫らな水音と鳴り止まないケータイのコールだけ。





「クソッ…何処におんねん!?」

何度かけても繋がらない電話にイラつきを覚えながらも、そこらじゅうを走り回った。
皆も協力してくれてるんに…
なのにアイツは見つからへん。
途中で見付けた公園に入ると、スッと風が吹き抜けた。
でも、アイツの姿はない。

「何処に…おんね、ん……健二郎ぉぉぉぉ!!」

俺の叫びは時期に合わない突風にさらわれた。







風に融けた後悔

もう手遅れ。
元に戻ることなんて出来やしない。


END

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