初めて真っ向からアイツを見たのは、全国大会準決勝。試合前に、コートへ整列した時だった。
部長である白石の横に立つ長身の男、小石川健二郎。
他の者と比べると、際立って目立ちはしないが、何故か目をひく存在だった。
試合が進んで行く中、時々小石川を見やれば、彼は様々な表情を見せた。
白石の勝利を讃え微笑み、金色と一氏の芸に笑いを零し、石田の怪我には唇を噛み締めていた。
しかし、俺と千歳…正確には乾と財前を含めた試合、コートの移動の際に見えたのは“無”の表情だった。
試合内容、選手、勝敗までにも興味・関心がないようだった。
なぜだかその態度が無性に腹立たしかった。
勝負に私情を挟むことは、本来好ましくはない。
しかし、今回の千歳への勝利は、少なからず私情を挟んでいただろう。
その証拠に、去り際、視界に捕えた小石川の、少し驚いたような表情に、俺自身が満たされていた。
その後、特例で行われた越前と遠山の一球勝負。
応援席に、小石川と千歳の姿が見えなかった。
コートへの整列時、再び姿を現した小石川と千歳。二人の表情は似て非なるモノだった。
怒りを滲ませる小石川と、悔しさを滲ませる千歳。その真意を悟ることは、俺には叶わなかった。
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「もう俺に構うな!」
皆を先に帰して、最後に控室を出ると、突き当たりから怒鳴り声が聞こえてきた。
立ち止まっていると、目の前を何かが通り過ぎた。
長身の、黒い癖の強い髪型の…
「千歳?」
向こうは俺に気付かずに走り去ってしまった。
千歳が出て来た突き当たりに目をやると、壁に背を預け俯いている人影が一つ。
「小石川か?」
「!…なんや、青学の手塚か」
一度目を見開いた小石川だったが、俺の存在を認識すると先程のように俯いた。
「何かあったのか、千歳と」
回りくどいことは性に合わない。だから思っていたことを素直に聞いた。
「お前には関係ない」
淡々と返された台詞は、台本通りのように予測できた。
「ただならない様子だったが」
「関係ない言うたやろ」
段々と怒気を含む声音。
それでも引かない俺は、ただの好奇心旺盛な子供だった。
「お前と千歳の間には一体…」
「うるさいっ!!」
俺の身体を押し退け走り去る小石川。
すれ違いざま、俺の頬に触れた雫はなんだったのか。
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「ん……雨、か」
外に出ると、いつの間にか雨が降り出していた。
頬に触れた雫は、冷たかった。
先程の雫は、とても暖かかったのに。
「この様子では、明日も雨か…」
暖かなあの雫は、この雨に紛れ、消えてしまうのだろうか。
雨の朝が来る
雨はいつまでも冷たいまま。
END
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素敵企画あのこに恋。様に提出しました。